宇多丸『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』



 宇多丸著『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』(新潮社/1620円)読了。

 『月刊コミック@バンチ』の連載コラムをまとめたもの。
 読者から寄せられた「こんな私にオススメの映画を教えてください」という相談に、人生相談の回答的なことを述べ、その回答の中で次々とオススメ映画を紹介していく……という趣向のコラムである。

 つまり、「うまくいけば、映画ガイドであると同時に人生相談本としても楽しめて、一石二鳥だ!」という企画意図なのだろう。
 その意図は残念ながら失敗していて、映画ガイドとしても人生相談本としても中途半端に終わっている。

 ラジオの映画コーナーでのトークをまとめた『ザ・シネマハスラー』はすごく面白い本で、映画評論集としても上出来だったが、本書は面白さが半減以下。読者からの質問にクダラナイものが多いし(「カツラを外すタイミングが分かりません!」とかw)、宇多丸の回答もわりと陳腐。

 また、一回のコラムで2本から数本の映画に言及しているため、一本一本に対する掘り下げが非常に浅く、その分つまらない。

 まあ、本書によって「この映画、観てみたい」と思うものが数本見つかったので、読む価値はあったと考えよう。

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押川剛『「子供を殺してください」という親たち』



 押川剛著『「子供を殺してください」という親たち』(新潮文庫/594円)読了。

 「精神障害者移送サービス」(強制拘束ではなく、対話と説得によって患者を医療につなげるものだという)の会社を営む著者が、仕事で接した育児・教育の「究極の失敗」事例の数々を紹介し、背景にあるものを探っていくノンフィクション。

 事例の多くは広義の「ひきこもり」だが、おとなしくて他者には無害なひきこもりではない。家族に日常的に暴力をふるったり、勝手に散財して巨額の借金を作ったり、自傷他害の恐れがあったりする、非常にシリアスなケースばかりだ。

 そのような我が子に長年振り回され、精根尽き果てた親たちが、最後に著者を頼ってくる。そして、中には「子どもを殺してください」とか「死んでくれたらいいのに」などという言葉を吐く親もいるのだという。

 全体の約半分を占める第1章が、ドキュメント形式の事例紹介になっている。
 そこで紹介される7つのケースが、どれをとってもまったく救いがない。著者が関わったことで何かが解決に向かったわけでもなければ、ラストに希望の光が見えるわけでもないのだ。

 まあ、「必ずひきこもりを直して見せます!」などと大言壮語する業者に比べたら、ある意味、正直で良心的と言えなくもない。
 が、高額な費用がかかるという著者の会社に、本書を読んで依頼をしようというひきこもりの親は、あまりいないのではないか。

 後半も、“子どもと正面から向き合わない親にも責任がある”という親への批判、精神科医療の専門家や医療機関への批判、精神保健福祉法改正への批判など、「あれが悪い、これが悪い」という話ばかり。ひとかけらも希望がない。

 読んでいてこれほど気が滅入る本も珍しい。このあと、最近出た続編『子供の死を祈る親たち』も読もうと思っていたが、やめた。

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深町秋生『卑怯者の流儀』



 風邪を引いて熱が出てしまった。昨日までの一日半寝ていたら、かなりラクになったが……。

 今回の風邪は、原因がはっきりしている。
 先週取材で札幌に行った際、「もう春だから大丈夫だろう」とスーツの上に薄いコートだけ羽織っていったら、現地はすごーく寒くて(雪も降った)ブルブル震えていたのだ。北海道の春を甘く見た報いの風邪である。


 寝床で過ごしていた間、仕事する気力も湧かなかったので、軽い本ばかり読んでいた。
 そのうちの一冊が、深町秋生の『卑怯者の流儀』(徳間書店/1836円)。警視庁組対四課――いわゆる「マル暴」のベテラン刑事・米沢英利を主人公とした、「悪徳警官もの」の短編連作だ。

 ヤクザなどから依頼を受けては、本来の業務とは関係ない“私的捜査”を行う。そのために警察の情報網などを不正利用することも厭わず、悪党どもから謝礼を受け取って私腹を肥やす……という、絵に描いたような悪徳警官の物語。
 全6編中のラスト2編で、かつては普通の熱血刑事であった米沢が道を踏み外したきっかけが明かされる。

 適度にコミカルで、適度にシリアス。
 海千山千の暴力刑事である米沢が、巨漢で柔道猛者の女上司(通称「関取」)にだけは頭が上がらない、というキャラ設定も面白い。

 悪徳警官である米沢にとって天敵の、警視庁人事一課(通称「ヒトイチ」)・奈良本京香監察官のキャラもよい。ひそかに「ゴースト」というあだ名で呼ばれている、不吉な雰囲気を漂わせる中年女――。
 全体に、『踊る大捜査線』的なわかりやすいキャラ立ちを、ドス黒い方向に転換させて用いている感じだ。
 
 全6編それぞれに工夫があって、「同じような話」がない点も好ましい。
  
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栗山英樹『栗山魂』ほか



 昨日は札幌ドームで、日本ハムファイターズの栗山英樹監督を取材。

 周知のとおり、日本ハムは大谷翔平、中田翔ら主力選手に故障続出で、昨日まで悪夢の6連敗。
 しかも、「7連敗をどう免れるか」という大事な試合の前の練習の合間に、試合と関係のない内容のインタビューを行うという、タイミング的にかなりシビアなもの。
 取材スタッフ一同、「監督がピリピリしていたらどうしよう」と緊張して臨んだ。

 が、ドームの「インタビュールーム」(という部屋がある)にやってきた栗山監督は、終始ていねいに、にこやかに質問に答えてくださった。
 監督就任以前に長くスポーツキャスターをされていたこともあり、取材陣への細やかな気配りもさすがであった。

 栗山監督の近著『栗山魂』(河出書房新社/1404円)、『「最高のチーム」の作り方』(KKベストセラーズ/1458円)と、これまでの取材記事多数を読んで、取材に臨む。

 このうち『栗山魂』は、「14歳の世渡り術」シリーズの一冊で、中学生くらいの子どもたちに向けて書かれた自伝。大人が読んでも十分感動的な内容である。

 インタビューのあとには練習の様子も見させていただき、その臨場感に興奮。
 そして、昨夜の試合ではやっと日ハムが連敗を脱出。私も、我がことのように胸をなでおろしたのであった。
 
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橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』



 橘川幸夫著『ロッキング・オンの時代』(晶文社/1728円)読了。

 1972年、渋谷陽一らとともにロック雑誌『ロッキング・オン』を創刊した著者が、創刊からの約10年間の舞台裏を綴った書。

 私自身が『ロッキング・オン』を読むようになったのは1979年のことで(いまはもう読んでいない)、創刊当時のことは「伝説」としてしか知らない。が、私が読み始めたころの同誌には、草創期の青臭さ・文学臭がまだ濃厚に残っていた。普通の商業ロック誌でしかない現在の「ロキノン」とは別物なのだ。

 少年時代に毎月買っては貪るように読んでいた、あのころの『ロッキング・オン』の空気感が本書にも濃密に流れていて、懐かしくなった。

 創刊当時の著者や渋谷は、まだ大学生。出版界の常識も何も知らないまま、試行錯誤の連続で新しいメディアを創り上げていくプロセスが、読んでいてすがすがしい。

 今の学生であれば、世の中の仕組みをそれなりに理解しているから、いろいろ始める前に事業計画を立てたり、出資を募ったりすることもあるのだろう。当時は、そんなことを考える学生はいなかった。まずやりたいものを作る。あとは、成り行きで動いていくしかない。



 当時のことは、渋谷の著書『音楽が終わった後に』でも章を割いて綴られていたが、橘川の視点から見るとまた違う景色が見えてくる。

 『ロッキング・オン』という一雑誌の歴史であると同時に、「ロックがいちばん熱かった時代、70年代カウンターカルチャーの息吹を伝えるノンフィクション」(版元の惹句)として、読み応えのある一冊。

 橘川は、読者からの投稿のみで成り立っていた「全面投稿雑誌」『ポンプ』の創刊者でもある。
 本書には、ソーシャルメディアの源流のような雑誌『ポンプ』の、草創期の舞台裏も綴られている。無名時代の岡崎京子(『ポンプ』にイラストを投稿していた)との思い出などは、大変興味深い。

 「参加型メディア」は今では「CGM(Consumer Generated Media)」と呼ばれ、一般的になったが、「参加型メディア」という言葉を使ったのは僕がはじめてだと思う。当時、言葉もなかったし、そういうコンセプトでメディアに向かっていた人は、他に知らない。


 
 ……と書いているとおり、橘川のメディアの未来を見通す慧眼は群を抜いていたと思う。

 これはうろ覚えで書くので細部は違っているかもしれないが、80年代初頭の『ロッキング・オン』で、橘川が打ち出した「ファクシミリ・マガジン」なるコンセプトに対し、渋谷陽一が批判をしていた。
 「ファクシミリ・マガジン」とは、“既成の雑誌の好きなページだけを読者が選んで買い、ファクスで送ってもらい、自分だけの一冊を作れる雑誌”……というアイデアだったと思う。
 それに対して渋谷は、「そういう“足し算の発想”ってダメだと思う」「いまあるもので間に合わせられるものって、けっきょく大したことはないんだ」などと批判したのだ。 

 だが、現時点から振り返れば、橘川の発想のほうが、ネット時代のメディアのありようを正確に予見していた。
 「note」のように欲しいコンテンツのみを個別に買ったり、好きなウェブページのみをブックマークして読んだりするという、いまではあたりまえのメディア享受の姿勢は、「ファクシミリ・マガジン」の発想そのものだ。
 ネットなど影も形もないころから、ネット時代のメディアを見通していた橘川の慧眼畏るべしである。

■関連エントリ→ 篠原章『日本ロック雑誌クロニクル』

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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