荻原規子『源氏物語 宇治の結び』



 昨日は、取材で京都へ(日帰り)――。

 行き帰りの新幹線で、荻原規子訳『源氏物語 宇治の結び』(上下巻/理論社/各1836円)を読了。書評用読書。

 『源氏物語』のラスト十帖である「宇治十帖」を、児童文学やファンタジー小説で知られる作家の荻原規子が現代語訳したもの。
 京都に行く新幹線の車中で読むのに、これほどふさわしい本がほかにあるだろうか? しかも、今回の取材先は宇治市の「宇治おうばく病院」であったし。

 荻原規子は以前にも、『源氏物語』の主要部分を「紫の上」を中心に再構成した、『紫の結び』という現代語訳を刊行している。本書はその続編というか、スピンオフというか。
 そもそも、「宇治十帖」は光源氏没後の物語であり、それ自体が『源氏物語』のスピンオフのようなものと言えなくもない。

 光源氏の末子・「薫」と、光源氏の孫で明石の姫君が産んだ「匂宮」という2人の貴公子が、宮家の姫君たちと恋をしていく物語。

 三角関係のラブストーリーである点など、現代の恋愛小説に通じる部分もある。
 林真理子も、「宇治十帖」をフランスの心理小説のようなタッチで現代に蘇らせた『STORY OF UJI  小説源氏物語』というのを書いている。

 色恋のことしか考えていない平安貴族の思考回路は、私にはまるで共感できない。それでも、四季折々の美しい風物の描写が随所に織り込まれ、愉しく読めた。

 荻原規子の訳は平明にしてスピード感があり、現代の読者を『源氏物語』の世界に誘う最初の入口としてふさわしい。

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平田俊子『低反発枕草子』



 今日は、時々やっている「世界の女性大使」というシリーズ記事の仕事で、マケドニア共和国駐日大使のアンドリヤナ・ツヴェトコビッチさんを取材。品川区のマケドニア大使館にて。

 マケドニアと聞いたとき、アレクサンダー大王を生んだ古代マケドニア王国しか思い浮かばなかった私。
 だが、現代のマケドニアは、旧ユーゴスラビア崩壊後の1991年に独立した、バルカン半島の新しい国だ。

 日本に大使館を開設したのもつい最近で、アンドリヤナさんは初代駐日大使である。まだ30代半ばで、日本に100人以上いる駐日大使のうち、最年少だという。

 アンドリヤナさんは、元々は日本映画の研究者兼映画監督で、日本大学大学院で博士号をとった。流暢な日本語を操り、京都大学で准教授を務めたこともある。日本文化に通暁している点などから、初代大使として白羽の矢が立ったのだ。

■参考→ 『ジャパンタイムズ』掲載の、アンドリヤナ大使へのインタビュー記事

「うーむ、世界にはすごい人材がいるものだなァ」と、感服させられる取材であった。


 行き帰りの電車で、平田俊子著『低反発枕草子』(幻戯書房/2592円)を読了。詩人で、小説なども書く著者によるエッセイ集。

 すでに還暦を超えているわりに、著者の文章はすこぶる若々しい。30代だと言われても信じられる感じ。
 詩人ならではの鋭敏・繊細な言語感覚が随所で光る、楽しいユーモア・エッセイである。タイトルからして面白い。

 歌人の穂村弘や翻訳家の岸本佐知子など、著者よりやや若いユーモア・エッセイの書き手と比べると、「妄想力」がいま一つというか、ぶっ飛んだ感覚はあまりない。
 が、どうということのない四季折々の日常を、読者が愉しめるエッセイに仕立て上げるテクニックは、端倪すべからざるものだ。

 それこそ、日本の随筆の原点たる『枕草子』を、21世紀に移植したような趣。爆笑ではなく微苦笑を誘う上品で淡いユーモアが、全編に横溢している。

 どことなく『枕草子』っぽい一節を、例として引いておく。

 夏の間は見るのも嫌だった毛布が、恋しくてたまらない季節になった。この世に毛布があってよかった。毛布なしでは生きていけない。毎晩ベッドに入るたびにそう思う。夏の間親しかったタオルケットのことは、とうに忘却のかなたである。今にして思えばあいつは軽くて薄っぺらなヤツだった。温もりを知らないヤツだった。
 毛布は違う。温もりだけから出来ている。どこをいつ触っても温かい。機嫌が悪くてきょうは冷たいなんてことはない。


  
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奥野修司『魂でもいいから、そばにいて』



 昨夜は私用で大田区蒲田へ――。

 行き帰りの電車で、奥野修司著『魂でもいいから、そばにいて――3・11後の霊体験を聞く』(新潮社/1512円)を読了。

 副題のとおり、東日本大震災の被災者たちの「霊体験」を取材した連作ノンフィクションである。
 著者は、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で大宅賞も受賞したベテラン・ノンフィクション作家。

 被災地では、亡くなったはずの人が現れる幽霊話が後を絶たない。私も現地で耳にしたし、被災地の霊体験に的を絞った類書も、すでにいくつか出ている。

 本書は、概要だけを聞くとキワモノ本に思えるかもしれないが、真摯なノンフィクションである。
 「霊体験本」というより、被災者の話に耳を傾けるうち、その人が語る霊の話(津波で亡くなった家族が、霊として現れる話)を中心にせざるを得なくなった……という趣。

 また、怪談・怖い話のたぐいでもない。
 序章で紹介される一般的な話の中には怪談めいたものもあるが、本文で紹介される霊体験は、いずれも取材対象者が愛する人の霊であり、彼らにとって怖い存在ではないからだ。むしろ彼らはみな、愛する人とまた「会える」ことを喜んでいる。

 これは、霊が科学的にあり得るか否かを問う本ではない。著者もそういう次元で書いてはいない。
 亡き家族が彼らの前に、まるで生きているかのようにいきいきと現れたこと――それは客観的事実ではないとしても、彼らにとってはまぎれもない真実なのである。

 16編の体験が収められている。
 わりと玉石混交で、サラッと読み流してしまったものもあるが、いくつかの体験は強烈な印象を残す。

 とりわけ、冒頭に収められた、妻と幼い長女を亡くした亀井繁さんの体験は、哀切な「愛の物語」として感動的だ。
 ひとり遺された夫が生きる希望を見失ったとき、妻と娘は夫を励ますかのように、霊として現れるのである(序章と1章がKindleの「無料お試し版」で読めるので、読んでみてください)。

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週刊文春編集部『文春砲』



 今日は午前中に、都内某所で社会起業家の慎泰俊(シン・テジュン)氏を取材。

 先日読んだ慎氏の著書『ルポ 児童相談所』が大変素晴らしかったので、編集者に「この人を取材してみたい」と言っておいたところ、一ヶ月経たずに実現したのだ。

 このように、「会ってみたい」と思う人に取材という形で会うことができる(ことが多い)のが、ライター稼業の醍醐味の一つである。


 行き帰りの電車で、週刊文春編集部編『文春砲――スクープはいかにして生まれるのか?』(角川新書/864円)を読了。

 大型スクープの連発によって世の注目が集まり、「『週刊文春』はどうしてあんなにスクープを飛ばせるのか?」という舞台裏を明かす本の刊行が相次いでいる。
 本書もその一つで、ドワンゴが作った『週刊文春』編集部のドキュメンタリー・ドラマがベースになっている。

 数々のスクープの舞台裏は、読み物として面白かった。とくに、ベッキー「ゲス不倫」記事の舞台裏を明かした章は、映画のようにドラマティックだ。

 ただ、昨年に類書の『スクープ!』(『週刊文春』の元エース記者・中村竜太郎の著書)を読んだときと同様、「週刊誌記者って、そんなにご立派な仕事なのかね?」という違和感が、最初から最後まで拭えなかった。

 昨年の映画『SCOOP!』(ヒットしなかったけど、よい映画だった)で、福山雅治演ずる写真週刊誌のパパラッチ・カメラマンは、「俺たちのやってる仕事は、ゴキブリ以下、ドブネズミ以下なんだよ」というセリフを吐く。
 そういう醒めた自己認識が、週刊誌記者・編集者にも必要ではないだろうか。

 そのような自己認識を持ったうえで、「ハイエナみたいな仕事だけど、俺たちなりの矜持を持ってやってるし、けっこう体張ってるんだぜ」と言う本だったなら、私も素直に楽しめただろう。
 しかし、本書に登場する『週刊文春』編集長やデスクの言葉は、妙にカッコよすぎるし、キレイゴトすぎる。

 本書の中でいちばん共感できたのは、ベッキーの不倫スクープに力を発揮した大山という女性記者が、次のように言う部分。

「今回の取材に限らず、人を傷つけているという自覚はありますけど、それに対して記者は、すいません、申し訳ありませんって言ってはいけないんだと思っています。ただ、こういう記事に関わったことで、自分は不倫をしてはいけない人間になったんだとも思いました。いままで一回も不倫をしたことはないですけど、こういう記事をつくった以上、しちゃいけない人間になっちゃったなって。自分がそれをしていたら、人のことを言っちゃいけないし、説得力がなくなってしまいますからね。何かの記事をつくるたびにそうした背負うものが増えている気はします」



 こういうまっとうな感覚を持った人が、『週刊文春』の中で少数派でないことを願いたい。

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『レッド・ダイヤモンド』



 『レッド・ダイヤモンド』を映像配信で観た。
 ハリウッドではなく、カナダ産のクライム・アクション映画。



 ブルース・ウィリス主演(※)のわりには話題にならなかったし、全編にB級感あふれる作品。

※厳密には準主演(しかも悪役)で、主演はマーク=ポール・ゴスラーなのだが、役者としての格の差からウィリスが主演みたいな扱いになっている

 凄腕の泥棒が仲間たちと組んで、時価総額5億ドルのダイヤモンド強奪作戦に挑む……という骨子といい、主人公を翻弄する女泥棒(『ジョー・ブラックをよろしく』のクレア・フォーラニ)の峰不二子的キャラといい、『ルパン三世』を彷彿とさせずにはおかない。
 じっさい、日本ではなくハリウッドで『ルパン三世』を実写映画化したとしたら、こんな映画になるかもしれない。

 ウィキペディアによれば、「この映画は多くの批評家から酷評されており、Rotten Tomatoesでは批評家レビューが珍しく0%の支持率を記録している」という。
 私は、そこまでひどくはないと感じた。主人公の窮地を何度も救う美女スナイパーを演じたジェナ・B・ケリーがカワイイし、つかの間の娯楽として平均点は十分クリアしている。
 ただ、脚本に粗が目立つし、アクションも全体的に安っぽい映画ではある。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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