コンラート・パウル・リースマン『反教養の理論』



 昨日は雨の中、羽田空港まで赴き、ソーシャルワーカーの藤田孝典さん(NPO法人「ほっとプラス」代表理事)を取材。ご多忙のなか、飛行機に乗るまでの時間を割いていただいたのである。
 
 行き帰りの電車で、コンラート・パウル・リースマン著、斎藤成夫、齋藤直樹訳『反教養の理論――大学改革の錯誤』(法政大学出版局/3024円)を読了。書評用読書。

 ウィーン大学哲学科教授の著者が、ヨーロッパの大学改革を痛烈に批判した書。

 原書は2006年に出たもの。11年後のいまになって邦訳が刊行されたのは、日本でいままさに文科省が進めている大学改革への批判の嵐が巻き起こっているからであろう。
 本書が出た7月に、『反「大学改革」論――若手からの問題提起』、『「大学改革」という病――学問の自由・財政基盤・競争主義から検証する』という類書も刊行された。

 要は、欧米でも日本でも、資本主義の爛熟が大学までも侵し、「すぐ役に立つこと」「すぐお金になること」を目指した経済効率一辺倒のありようになってきたということであろう。
 教養なんて、そもそも実用性とは無縁のものなのだから、大学が実用性偏重になれば「反教養」の場と化していくのは当然だろう。

 “教養とは何か?”を突きつめて考察した書としても、読み応えがある。ヨーロッパの話ではあるが、日本の大学改革にもあてはまる話ばかりだ。

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『酒井家のしあわせ』



 取材した録音データを文章化する作業のことを、私のようなオッサン・ライターは「テープ起こし」と呼ぶが、最近の若いライターや編集者は「文字起こし」と呼ぶ。まぁ、いまはテープ(=カセットテープ)に録音するわけじゃないからな。
 CDショップのことを、オッサンがつい「レコード屋」と呼んでしまうようなものか。

 ……と思ったら、映像業界では文字起こしを「スクリプト」と呼ぶ人が多いことを最近知った。「先日の取材のスクリプトが仕上がりましたので、送ります」とか。
 「えっ? スクリプトって台本のことじゃないの?」と違和感。
 映画の撮影現場で、撮影シーンの様子や内容を記録する人を「スクリプター」と呼ぶそうだから、「取材現場の記録」という意味で「スクリプト」と呼んでいるわけか。


 レンタルDVDで、『酒井家のしあわせ』を観た。呉美保監督の、2006年のデビュー作。
 呉美保の『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』がどちらもよい映画だったので、旧作も観てみようと思ったしだい。

 監督の出身地である三重県伊賀市を舞台にしたホームコメディ。もっとも、コメディ色は強くなくて、笑える場面も微苦笑を誘う感じの淡い笑いだ。

 主演の友近と、助演の濱田マリの「関西のおかん」っぷりがもう最高である。
 とくに友近は、じつに素晴らしい女優でもあると思った。何気ないフツーのセリフをしゃべっても、端々がそこはかとなくおかしい。

 途中までは面白く観ていたのだが、ユースケ・サンタマリア演ずる酒井家の主人が家を出ていったホントの理由が明かされるところで、一気にシラけた。あり得ないでしょ、それは。馬鹿馬鹿しいったらない。

 映画としては傑作になりそこねた失敗作だろうが、呉美保の優れた演出力はこのデビュー作からすでに輝いていると思った。とくに、中学生たちの自然な演技を引き出す手腕は素晴らしい。

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長沼毅『世界の果てに、ぼくは見た』『辺境生物はすごい!』



 昨日は都内某所で、生物学者の長沼毅さん(広島大学大学院教授)を取材。

 長沼さんの著書『世界の果てに、ぼくは見た』(幻冬舎文庫/626円)、『辺境生物はすごい! ――人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』(幻冬舎新書/842円)を読んで臨む。

 私は理系の学問は苦手なのに、なぜか科学者を取材する機会がけっこう多い。
 まあ、一般向けの科学啓蒙書のたぐいを読むのは好きだし、科学者の方のお話は新鮮で楽しいのだが。

 『世界の果てに、ぼくは見た』は、ロマンの薫り高いサイエンス・エッセイ。
 極地・深海・砂漠など、極限環境の生物をおもに研究されてきた「辺境生物学者」「科学界のインディ・ジョーンズ」(これは茂木健一郎氏の命名)である長沼さんが、研究がらみの辺境への旅の思い出を主に綴った、“科学紀行エッセイ”ともいうべき内容だ。帯には、「『辺境科学者』と、知の旅に出よう。」という惹句が躍っている。

 科学のみならず、歴史についての該博な知識も駆使して、知的刺激に富むエッセイが展開される。上品なユーモアをちりばめながらも、文章は詩的で格調高い。

 もう一つの『辺境生物はすごい!』は、辺境生物研究から得た知見を人生論にブレイクダウンした内容。



 『世界の果てに、ぼくは見た』が純粋に知的な愉しみとして読むべき本であるのに対し、こちらはやや自己啓発書寄りである。

 とはいえ、凡百の自己啓発書が放つ独特の臭味のようなものはない。“科学者の目線で語られる生き方論”ゆえの説得力があるのだ。

 たとえば、「失敗は成功の元」という教訓を、著者は進化の仕組みをふまえて語る。
 進化(を促す突然変異)は遺伝子のミスコピーから始まるのだから、かりに地球の生物がミスをまったくしなかったら、我々はいまも海の中の単細胞生物のままだったかもしれない。ゆえに「ミスは成功のためのコスト」なのだ、と……。

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藤田孝典『貧困クライシス』『貧困世代』ほか



 藤田孝典著『貧困クライシス―― 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版/972円)、『貧困世代――社会の監獄に閉じ込められた若者たち』 (講談社現代新書/821円)、『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』 (朝日新書/821円)読了。仕事の資料として。

 生活困窮者支援に取り組んできたソーシャルワーカーの著者(NPO法人「ほっとプラス」代表理事)は、貧困問題を広く知らしめるための啓蒙書を次々と刊行してきた。そのうちの一つ『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』は20万部突破のベストセラーとなり、「下流老人」は流行語大賞にもノミネートされた。

 今回読んだ3冊のうち、『続・下流老人』はタイトルのとおり『下流老人』の続編。今後の過酷な社会で老人たちが生き延びていくための「解決策」にウエートが置かれている。



 『貧困世代』は、若者の貧困に的を絞った概説書・提言書。シングルマザーの貧困や子どもの貧困などと比べ、軽視されがちな若者の貧困が、いまどれほど深刻化しているかを浮き彫りにする。
 書名の「貧困世代」とは、おおむね現在の10代~30代を指し、「一生涯貧困に至るリスクを宿命づけられた状況に置かれた若者たち」であるという。

 高度成長期やバブル時代を経験し、当時の恵まれた状況がいまも頭にある上の世代は、いまの若者たちがそれほど追いつめられている現実を理解しにくい、と著者は言う。

 大人たちには、子どもを産みたくても産んで育てるほどのゆとりがない若者たちの姿が見えていない。子育てはぜいたくというのが、貧困世代のホンネである。



 もう一冊の『貧困クライシス』は、老人の貧困、女性の貧困、若者の貧困、中年の貧困……と、各世代の貧困問題を総花的に扱った概説書。「とりあえず全体像をつかみたい」という人は、これから読むとよいかも。

 3冊とも、貧困の現場を肌で知るゆえの「熱さ」、問題を改善していこうとする社会改革への強い意志に満ちており、好感が持てる。
 「貧困問題」本にありがちな、「こんなにカワイソウな人たちがたくさんいるんですよ~。やっぱ政治が悪いですよね~」で終わってしまう感傷的な内容ではないのだ。

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『ブルース・ギター・ウーマン』



 『ブルース・ギター・ウーマン(Blues Guitar Women)』を輸入盤で購入し、ヘビロ中。
 タイトルのとおり、女性ブルース・ギタリストの曲を集めたコンピレーション・アルバムである。

 女性ブルース・ギタリスト(&シンガー)の草分けであるメンフィス・ミニーの曲が、いちばん最後に収められている。
 メンフィス・ミニーの活躍した時代(おもに戦前)には、ギターを弾きながら歌う女性ブルース・シンガーは非常に珍しい存在だったはず。
 それが近年になって急増し、いまや百花繚乱の趣がある。2005年に発売された本作は、「ブルース・ギター・ウーマンの時代」を一望できる好コンピである。

■関連エントリ→ デボラ・コールマン『I Can't Lose』ほか

 CD2枚組に、全24アーティストの29曲が収められている。ディスク1がエレクトリック・ギター中心のコンテンポラリー・ブルース編、ディスク2がアコースティック・ギターのトラディショナル編に分けられているあたりも、気が利いている。

 収録アーティストのうち、私が知っていたのは、スー・フォーリー、アナ・ポポヴィッチ、デボラ・コールマン、キャロリン・ワンダーランド、マリア・マルダー&ボニー・レイット(共演曲)、それにメンフィス・ミニーのみ。
 まあ、私のお気に入りのデボラ・コールマンも日本盤は1枚も出ていないし、地味なジャンルだから、日本にはあまり情報も入ってきにくいのだ。

 私は前にこのシリーズの『ブルース・ハープ・ウーマン』(女性ブルース・ハーピストのコンピ)を買って愛聴していたのだが、出た順番は逆で、『ブルース・ギター・ウーマン』が米国でヒットしたため、第2弾として『ブルース・ハープ・ウーマン』が出たのだという。

 「女性だからうんぬん」とか、「女ならではのブルース・ギター」などという決めつけた言い方は、当のブルース・ギター・ウーマンたちが嫌がるところだろう。だが、最初から最後まで通して聴くと、「やっぱり男のブルース・ギターとは違うなァ」という感想を抱く。
 女性ブルース・ギタリストたちのほうが、総じて内省的・ストイックな印象であり、ギターのタッチも繊細なのだ。

 ところで、このコンピの日本盤はジャケにブルース・ギター・ウーマンたちの顔写真をちりばめているが(↓)、オリジナルのイラストのみのジャケのほうがずっとカッコイイと思う。



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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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