岡崎英生『劇画狂時代』



 生きながらにして“伝説のマンガ家”となりつつある宮谷一彦。私はその初期作品群を心から愛する者である。それらの作品はマンガ史に輝く青春マンガの至宝といってよい。そして、宮谷が60年代末から70年代にかけて作家活動の主舞台としていた雑誌が、『ヤングコミック』(少年画報社)であった。

 過去形で書いたが、『ヤングコミック』は休刊を経て同じ版元から復刊され、現在も刊行されている。ただ、いまの『ヤングコミック』はほとんどエロマンガ誌であって、宮谷が描いていたころの同誌とはまったく別物である。60~70年代にかけてのヤンコミは、「青年劇画」ブームを牽引した伝説の名誌であった。

 と、知ったふうなことを書いたが、当時の私は小学生になるかならないかであったから、ヤンコミの全盛期をリアルタイムで知っているわけではない。
 ただ、当時「ヤンコミ三羽ガラス」と呼ばれた宮谷一彦、真崎・守(まさきもり)、上村一夫の3人はいずれも私が愛するマンガ家たちであり、彼らがヤンコミを舞台に生んだ名作群(たとえば上村の『怨獄紅』、真崎の『はみだし野郎の子守唄』、そして宮谷の珠玉の短編など)も、高く評価している。ゆえに、私にとってもヤンコミは伝説の名誌なのだ。

 岡崎英生の近著『劇画狂時代』(飛鳥新社/2000円)は、ヤンコミの編集者だった岡崎が、同誌の創刊から全盛期、そして「死」までを振り返った回想録である。サブタイトルは「『ヤングコミック』の神話」。劇画が最も輝いていた時代の息吹を濃密に伝えて、感動的な1冊だ。

 岡崎は宮谷の担当編集者でもあったため、宮谷に関する記述がかなりのウエイトを占めている。カバーにも宮谷の『太陽への狙撃』のひとコマが使われているし、若き日の宮谷の写真(ロックスターを思わせる美貌である)も何葉か掲載されている。本の最後の一行も、「まだ死ぬなよ、宮谷一彦!」という呼びかけだ。宮谷は本書のもう1人の主人公といってよく、宮谷ファンの私にはたまらない1冊である。

 『COM』でデビューしたばかりだった宮谷の才能に惚れこんだ岡崎は、ヤンコミで彼を起用し、育て上げようとする。だが、宮谷はしばしばシメキリから逃げ出して原稿を落としそうになり(そして時には落とす)、岡崎を困らせる。それでも、生活を丸ごと犠牲にして宮谷にのめりこむ岡崎の編集者魂が、感動的だ。
 原稿取りのため、宮谷の仕事場に泊りこんだ日々を綴ったくだりを引いてみよう。

それは泊り込みとか督促というような生易しいものではなく、要するに監視だった。(中略)私はまるまる一週間、着の身着のままで高砂荘に泊まり込み、顔も洗わず、風呂にも行かなかった。宮谷にべったりと張りつき、食事に出かけるときも必ず同行して、逃げられないように用心していた。



 『編集王』にだって、ここまですごい原稿取りの話は出てこない。惚れこまれた宮谷は果報者である。

 もちろん、真崎・守や上村一夫についてのエピソードも、たくさん盛りこまれている。
 岡崎は少年画報社を辞めたあと『FOCUS』のライターになり、上村が45歳の若さで亡くなったときにはその追悼記事を書くことになる。告別式から喪服のまま編集部に戻り、朝までかかって追悼記事を書くというそのくだりは、涙を誘う。書き上げた原稿を印刷所に届けるためタクシーに乗った岡崎は、車中で、生前の上村がつぶやいたこんな言葉を思い出す。

「人の生き死になんてのは、まあ、ちょっと季節が変わるぐらいのもんなんじゃないですか?」



 劇画史の舞台裏を垣間見る興味深いエピソードもちりばめられている。たとえば――。
 小池一夫は神田たけ志と組んでヤンコミにヒット作『御用牙』を連載したが、当初、小池は“子どもを連れた刺客を主人公にした時代劇”という企画を持ちこんだのだという。もちろん、のちの大ヒット作『子連れ狼』の原型である。その企画をボツにしたヤンコミは、とてつもない大魚を逃したことになる。

 また、マンガ家のみならず、60~70年代を象徴する文化人たちも多数登場する。浅川マキ、寺山修司、加藤登紀子、新谷のり子……。浅川マキは当時のヤンコミの愛読者で、ヤンコミについてこう言っていたという。
「ヤングコミックは人の香りのする雑誌だった。読んでると映画館の観客席にいるような魅力があったと思う」
 いかにも浅川マキらしい、含蓄のある言葉ではないか。

 本書は、『少年ジャンプ』の元編集長・西村繁男の『さらばわが青春の「少年ジャンプ」』(幻冬舎文庫)や、長井勝一の『「ガロ」編集長』(ちくま文庫)、『少年マガジン』の元編集長・内田勝の『「奇」の発想』(三五館)などと並んで、マンガ史の貴重な資料となるものである。担当編集者の赤田祐一は、かつて大泉実成と組んで『消えたマンガ家』シリーズを世に送り出した人。筋金入りのマンガ・ファンらしい、いい仕事をしてくれた。ついでに言うと、いかにも70年代的なブックデザイン(=意図的にダサい)もよい。

 もちろん、資料的価値のみならず、当時のヤンコミを飾った名作群を知る者にはすこぶる面白い本である。興味のない人が読んでも面白くないこと請け合いだけれど……。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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