藤原マキ『私の絵日記』

私の絵日記 (学研M文庫)私の絵日記 (学研M文庫)
(2003/01)
藤原 マキ

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 藤原マキさんが4年も前に亡くなっていたことを、最近初めて知った。

 藤原マキといってもほとんどの人はピンとこないだろうが、マンガ家・つげ義春夫人であるといえば、つげ作品にしばしば登場したオカッパ頭の女性を思い出す向きもあろう。

 つげ作品の多くは私小説に近いものだから、作中に登場する主人公のマンガ家の奥さんを藤原さんとイコールと考えてもよいはずだ。
 竹中直人がつげの代表作を映画化した『無能の人』では、風吹ジュンが彼女を演じていい味を出していた。また、藤原さん自身、唐十郎の劇団で活躍した元女優であり、かの「腰巻お仙」の初代ヒロインでもある。

 藤原さんは何冊かの著書・画集を遺したが、さきごろ、そのうちの1冊『私の絵日記』が文庫化された(学研M文庫/740円)。『毎日新聞』の書評欄でそのことが紹介されていて、その記事で藤原さんの逝去を知って驚いたしだい。

 この『私の絵日記』、タイトルどおり、つげ家の生活を藤原さん自身が絵と文で紹介していく「絵日記」である。絵も文章も、「画文集」というよりは「絵日記」という言葉がしっくりくる素朴なタッチ。絵は、つげ義春のそれにちょっと似ている。ただし、つげの絵をもっとヘタウマ風にした感じである。
 
 ほとんどマンガを描かないマンガ家であるつげの家庭だから、その暮らしぶりはきわめてつつましい。「あとがき」には次のようにある。

 正助(引用者注・息子さん)の幼い時の家族の生活記録を残したいと思い、8ミリで撮るとなると高価についてしまうので、うちは貧乏だし、ということで絵日記を思いついたのです。



 この絵日記に記録されているのは、ちょうどつげが不安神経症を発病した時期の出来事。貧しさのうえに病苦や夫婦ゲンカの様子がつぶさに綴られていくさまは、読んでいて切ない。

 だが、その切なさは、気が滅入るような暗さとはちがう。「オトウサンのズボンがほころびたのでつくろった。(中略)これでもう一年位もつだろう」などというわびしい記述がたくさんあるのに、全体が不思議な明るさ、あたたかさに満ちている。つつましい生活をむしろ楽しんでいるふうでもある。それに、藤原さんが「オトウサン」や息子さんを心から愛している様子がひしひしと伝わってくる。

 『無能の人』には、こんなセリフがあった。

 「考えてみると、私たちって親しい友達もないし親兄弟とも疎遠だし、なんだか世の中から孤立して、この広い宇宙に三人だけみたい」



 映画版『無能の人』のキャッチコピーにもこの一節が使われていたと記憶するが、この『私の絵日記』にも同質の寂寥感が漂っている。しかしその寂寥感は、読んでいてむしろ心地よい。つげ作品がそうであるように……。
 つげ作品に無縁の読者にはおそらく面白くもなんともない本だろうが、つげファンなら必携の1冊だ。
 
 それにしても、藤原さんを喪ったつげ義春のことが、ちょっと気がかりである。


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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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