『戦場のピアニスト』


 
 ポーランド出身のユダヤ人作家アイザック・B・シンガーは、ナチスの迫害を逃れてアメリカに移住してからも、終生イディシ語で作品を書きつづけた。
 イディシ語とは、おもに東欧のユダヤ人社会で使われていた言葉。第二次大戦前には世界1000万人以上のユダヤ人に使われていたが、ドイツ語の影響が強い言語であることもあって、戦後は使う人が少なくなり、いまやほとんど「死に絶えた言語」となっている。

 シンガーは、あえてその「死に絶えた言語」を使い、ワルシャワのユダヤ人社会を描きつづけた。彼が1978年にノーベル文学賞を得たときには、「イディシ語作品でノーベル賞を得る最初で最後の作家だろう」と言われた。アメリカでは、シンガーの作品は英語に翻訳されて出版されている。

 シンガーが生まれ育ったポーランドのユダヤ人社会は、ナチスによってこの世から消滅させられてしまった。戦前には300万人以上いたというポーランドのユダヤ人の大半が、第二次大戦中の6年間に殺されたのである。
 だからこそ、シンガーはワルシャワのユダヤ人社会を、その社会の言葉で描きつづけた。自分が生まれ育った、「この世から消え去った社会」を小説の中に刻み込むために……。

 ロマン・ポランスキーも、ポーランド出身(ただし生まれたのはパリ)のユダヤ人である。彼の両親は第二次大戦中にナチスの強制収容所に入れられ、母親はそこで亡くなっている。
 そのポランスキーが初めてホロコーストを描いた『戦場のピアニスト』は、さすがに重厚な傑作になっている。ポランスキーが60代末になるまでずっと温めていたテーマ――しかし撮らずには死ねないテーマ――を、満を持して取り上げた作品だけのことはある。

 アイザック・シンガーは、戦前のワルシャワのユダヤ人社会を、切実なノスタルジーをこめて描いた。対してポランスキーは、ワルシャワのユダヤ人社会が壊滅させられていく、まさにそのプロセス自体を描ききった。
 当時、ワルシャワ市街のじつに85%が、ナチスによって破壊し尽くされたといわれる。荒涼たる廃墟と化したワルシャワ市街を主人公シュピルマンがさまよい歩く場面はこの映画の圧巻だが、そこには誇張などないのだ。

 ホロコーストを描いた映画は、どうしても「ナチスという悪の権化」対「ユダヤ人という善良な被害者」という単純な図式によりかかりがちだ。しかしこの映画は、ユダヤ人の側にも悪人(ナチの走狗となって同胞を迫害する)はおり、ナチスの側にも善人はいたというあたりまえのことをきちんと描いている。もちろん、そのことを描くためには21世紀まで待つ必要があったのだろうが。

 また、主人公はただ戦火や迫害からぶざまに逃げまどうばかりで、そこには一片のヒロイズムもない。
 戦争映画は、どんなに「社会派」の戦争映画であっても、観客は破壊や銃撃戦の場面にある種のカタルシスを感じてしまうものだ(男はとくに)。しかし、この映画はけっしてカタルシスを与えない。衝撃的な殺戮場面ほど、むしろ淡々と演出されている。

 この映画をもしスピルパーグが監督していたら、ユダヤ人が殺されていく場面は、人数をもっと絞り、その一つひとつをドラマチックに演出したことだろう。また、主人公が逃亡生活をつづける過程の描写では、「ゲシュタポに見つかりそうで見つからない」というサスペンスをもっと強調し、観客をハラハラドキドキさせたことだろう。

 どちらがいい悪いではない。が、この『戦場のピアニスト』の主人公のぶざまな姿、淡々とユダヤ人が殺されていくその恐ろしいほどのあっけなさにこそ、戦争の真実があるのだと思う。

 前半が素晴らしい。印象的なエピソードの積み重ねで、一つの社会がじわじわと壊滅させられていく悲劇を、圧倒的な迫力で描いている。
 それに対し、主人公が廃墟の中でサバイバルしていくシークェンスは冗長で、ダレる(観ながら、「ロビンソン・クルーソーじゃあるまいし」という言葉が頭をよぎった)。もっとも、ここが十分に長くなければ、音楽好きなナチの将校に偶然出遭って命を救われるというクライマックスが、とってつけたように唐突に見えてしまうのだろう。

 これは、ナチス告発の映画ではない。歴史の荒波の中に消え去ってしまった一つの社会を哀惜する映画なのだ。主人公シュピルマンはいわば狂言回しで、真の“主人公”は歴史そのものだ。「泣ける映画」を求めてこの作品を観る向きは、肩透かしを食うだろう。この映画の感動は、「泣ける」たぐいの感動ではないからだ。

 「歴史の重み」が胃のあたりにずしりと響く、ヘビーな傑作。現実の戦争真っ只中のいまこそ、この映画を観るのにふさわしい時かもしれない。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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