岡崎京子『ヘルタースケルター』

ヘルタースケルター (Feelコミックス)ヘルタースケルター (Feelコミックス)
(2003/04/08)
岡崎 京子

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  『pink』『リバーズ・エッジ』などの傑作によって、マンガ界の枠を越えた「90年代のカルチャー・スター」となった岡崎京子。彼女が飲酒運転の車にはねられて死線をさまよったのは、96年5月のことだった。いまなおリハビリ中で、マンガ家としての活動は休止したままである。

 彼女がその不幸な事故の直前に完結させていた長編『ヘルタースケルター』は、以来、一度も単行本化されないままだった。作品の単行本化にあたって、岡崎は連載原稿を大幅に改稿するのがつねであったから、改稿を経ずそのまま刊行するのがはばかられたのだろう。そのため、『ヘルタースケルター』は“幻の傑作”と化した。

 熱心なファンは、国会図書館に出向いて連載誌『フィール・ヤング』のバックナンバーにあたってまで、読んだりしたらしい。昨年、『フィール・ヤング』誌はファンの要望にこたえ、なんと『ヘルタースケルター』の“再連載”まで行った。
 私は、『リバーズ・エッジ』はマンガ史に残る傑作だと思うものの、それほど熱心なファンではないから、『ヘルタースケルター』は一度も読んだことがなかった。

 その『ヘルタースケルター』が、ついに初単行本化された(祥伝社/1200円)。「復刊ドットコム」からの荷物が今日届いたので、さっそく一読。
 これはすごい。期待をはるかに上回る傑作。『リバーズ・エッジ』と甲乙つけがたい。
 
 『ヘルタースケルター』は、「骨と目ん玉と爪と髪と耳とアソコ」以外はすべて徹底的な整形手術を施した“つくりもんの美女”りりこの物語である。りりこはその作られた完璧な美しさでスターとなるが、無理な整形の後遺症で時折あらわれるアザに悩まされる。

 再手術のくり返しと薬物治療で症状を押さえつけるものの、アザや身体の崩れは少しずつ悪化していき、それに比例してりりこは精神のバランスを崩していく。
 そして、マネージャーの羽田ミチコやその恋人など、周囲の人間も巻き込んで、彼女は破滅に向かって疾走していく――。

 ……と、そんなふうに骨子だけを紹介してしまうと、ありきたりな物語に思えるだろう。美に対する女性の執着が妄執となり、やがて悲劇を引き起こす物語は、これまでにもたくさんあったからだ(たとえば、三島由紀夫の『女神』や楳図かずおの『洗礼』。あるいは現実世界のエルゼベート・バートリの物語など)。

 が、この『ヘルタースケルター』は、表面的には“美への妄執が引き起こす悲劇”ではあるが、それだけには終わっていない。

 『リバーズ・エッジ』に主役級で登場した美少女・吉川こずえが、この『ヘルタースケルター』にも重要な役割で登場する。りりこが対抗意識を燃やす後輩モデルとして。対抗意識というより、いっさい整形の手を加えていないこずえは、りりこの激しい嫉妬の対象となるのだった。

 「つくりもん」の美女と天然の美少女――りりことこずえは、ほかの点でも際立った対照をみせる。りりこが“スターであり続けること”に身を灼くような執着をみせるのに対し、こずえはまったく執着しない。

 彼女はつぶやく――。

「別に…なんでも…どうでもいいんです。有名になるとか、お金とかも別に…でも別に他にやることもないし、出来ないし…服も好きだけど…別に…いつかみんな、あたしのこと忘れちゃっていいです」



 「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。一人ぼっちの」――これは岡崎京子が自作について語った印象的な言葉だが、りりことこずえはその「一人の女の子」のネガとポジだ。

 そして、2つの物語をつなぐこずえの存在が象徴するように、この『ヘルタースケルター』は『リバーズ・エッジ』と表裏一体の作品であり、いわば“顔を変えた続編”なのである。

 『リバーズ・エッジ』は、いまどきの若者の一見平穏な高校生活を描きながら、その「終わりなき日常」の底に潜む重い閉塞感と絶望までを描いてみせた傑作だった。そこには、「日本の1990年代」という時代の空気が鮮やかに写しとられていた。
 この『ヘルタースケルター』もまた、「日本の1990年代」のカリカチュアである。

 『ヘルタースケルター』は、女性誌のダイエット記事やエステサロンのCMに見入る若い女性たちのコラージュから始まる。そしてラスト近くでも、同じように女性たちのつぶやきがコラージュされる。

「やせてー」「モテたーい」「キレイになりたーい」「お金持ちになっていいくらししたーい」「アレ欲しい~」「アレ超可愛いよね~」「アレ超高いけど~」



 ……これらのつぶやきに象徴される“女性誌的な価値観”が、物語の中でひとまとめにゴミ箱に叩き込まれる。

 これは、若い女性にとっては読んでいて「痛い」作品かもしれない。「アンタたちが血眼で追い求めている『価値』の中身はからっぽで、砂上の楼閣で、真の幸福でもなんでもない」と、作者はりりこの姿を通して執拗にリフレインしているのだから…。

 芸能界の頂点に立ち、カメラのレンズに向かって微笑みながら、りりこは思う。「カメラがシャッターを押すたびに空っぽになってゆく気がする。いつも叫びたくなるのを必死でおさえているのよ。いつかあたしは叫び出すだろう」と…。

 きらびやかな世界に住みながら少しも幸福ではなく、不安におびえるりりこは、若い女性にかぎらず、すべての現代人のグロテスクな戯画である(ここでいう「現代人」とは、他人と自分を比べることで自分の「幸福度」を測り、他者に評価されることによってしか充足できない人間の謂だ)。

 ただ、だからといって「では、真の幸福とは何か?」などと言い出さないあたりが岡崎京子らしい。これは、“マンガの形を借りた幸福論”ではけっしてない。教訓めいたセリフやシーンは注意深く避けられている。むしろ、「まばゆい幸福なんてどこにもない。輝かしい自分なんてどこにもいない」ということを突き放すように描いた作品なのだ。

 読者の誰もがりりこの死を予想したであろうこの作品だが、岡崎京子はその予想を裏切る衝撃のラストシーンを用意していた。どんなラストであるかは、未読の人のために明かさないでおこう。
 とにかく、りりこは生きつづける。「輝かしい自分なんて、どこにもいない。でも、それでかまわない。それでもアタシは生きていく」とでも言うように……。

 『リバーズ・エッジ』には、「平坦な戦場で/僕らが生き延びること」というウィリアム・ギブソンの詩の一節が印象的な形で引用されていた。それは、「終わりなき日常」の退屈さと閉塞感を知りつつ、「それでも僕らは生きていく」という意志の表現ではなかったか。
 『リバーズ・エッジ』も『ヘルタースケルター』も死の匂いに満ちた作品だが、じつは、「それでも生きていく」というポジティブな意志こそが作品の核を成しているのだ。

 宮台真司がオウム事件を受けて『終わりなき日常を生きろ』(筑摩書房)を刊行したのは、95年7月のこと。そのとき『リバーズ・エッジ』はすでに完結しており、『ヘルタースケルター』はちょうど連載が開始されたところだった。
 岡崎京子が宮台のこの本を読んでいたかどうかはわからない(きっと読んでいたと思う)。が、両者の間にはシンクロニシティを思わせる呼応がある。

 「輝かしい自分」になりたいという承認願望を抱えた人間は、いまの「承認なき社会」では居場所がない。だから、「終わりなき日常」を「まったりと」生きろ、と説く宮台の本は、あたかも“『リバーズ・エッジ』と『ヘルタースケルター』をより深く読解するための副読本”のようだ。

 この『ヘルタースケルター』は悲劇だが、少しも湿っぽさのない乾いたタッチの悲劇である。りりこの破滅への道程はむしろ軽快なテンポで描かれ、読後感は爽快ですらある。

 タイトルは、もちろんビートルズの「ヘルター・スケルター」から。
 数あるビートルズ・ナンバーのうち、最もヘヴィメタリックで狂気を孕んだ曲。チャールズ・マンソンが、この曲を聴いて“啓示”を受けたことからシャロン・テート(女優。『戦場のピアニスト』のロマン・ポランスキーの妻)を惨殺したという、いわくつきの“呪われた名曲”。

 でも、わざわざビートルズのホワイト・アルバムを棚から引っぱり出すまでもない。絵の向こうから、「ヘルター・スケルター」は聴こえてくるだろう。

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「骨と目ん玉と爪と髪と耳とアソコ以外は全部整形」という人工の美で、人気モデルに昇りつめた主人公、りりこ。りりこは整形手術の後遺症で、体も心もボロボロになってゆく。─表面は美しいが中身は虫に食い荒らされている果物・・・─のように。ひたすら堕ちて堕ちて......

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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