手塚治虫『奇子』

奇子(あやこ) (上巻) (KADOKAWA絶品コミック)奇子(あやこ) (上巻) (KADOKAWA絶品コミック)
(2003/12)
手塚 治虫

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 手塚治虫の1970年代初頭の作品『奇子(あやこ)』が、コンビニ向けの廉価版コミックスになって売られていたので、再読。

 少年時代に読んだときにはさして面白いと思わなかったが、再読してみたらググっと引き込まれた。
 これは傑作。ただし、三島由紀夫が深沢七郎の『楢山節考』を評して言ったように、「不快な傑作」だ。

 戦後間もない時代の、とある地方。奇子は、旧家「天外家」の当主が息子の嫁に産ませた、呪われた出生のヒロイン。ニセの死亡届を出してその存在は伏せられ、土蔵を改造した地下牢に幽閉されて育つ。

 10数年後。外界を知らないまま純粋培養された奇子は、さながら〝裏返しのイブ〟のように美しく成長していた。
 そこから始まる、地獄絵図のような物語。地域で圧倒的勢力を有した天外家に、奇子は破滅をもたらしていく。

 手塚治虫の作品を「手塚ヒューマニズム」などという冠をつけて語りたがる半可通は、むごたらしくもエロティックなこの作品を読んで、唖然とするに違いない。

 手塚作品の本質は、断じて「ヒューマニズム」ではない。
 ヒューマニズムを前面に出した作品もたしかに多いが、それは作劇上の技術として用意されたヒューマニズムであって、手塚自身は人間の営みをもっと冷徹な視点から鳥瞰していた。そう、「火の鳥」の視点、神の視点から。

 私が勝手に推量して言うのではない。
 手塚自身、生前のインタビューで、〝自分の作風を「手塚ヒューマニズム」という言葉で語られること〟への不快感をしばしば表明していた。

 呉智英も、その優れた手塚論「ある戦後精神の偉業」(双葉文庫『サルの正義』所収)で、手塚作品の本質に「あらゆる価値への大きな不信」があることを指摘し、次のように書いている。

「(手塚の)この知性は、最後まで一色の色を帯びたり一つの具体物になったりすることはなかった。(中略)最後まで、抽象的で無色の純粋知性のままであった。私は、唐突に、ここで貨幣を連想する」

 晩年の傑作『アドルフに告ぐ』のラスト、幼なじみの2人がイスラエル軍とパレスチナ解放戦線に分かれて殺し合い、あとには何も残らない荒涼無比のあのラストにこそ、手塚の真骨頂がある。

 同様に、この『奇子』もきわめて手塚らしい、手塚の「コア」の部分があらわになった傑作である。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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