『安全保障の今日的課題』

安全保障の今日的課題―人間の安全保障委員会報告書安全保障の今日的課題―人間の安全保障委員会報告書
(2003/11)
人間の安全保障委員会

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 『安全保障の今日的課題』(朝日新聞社/1900円)読了。

 アナン国連事務総長の要請を受けて作られた、12人の世界的識者からなる「人間の安全保障委員会」が、2年間の活動を経て国連に提出した最終報告書の邦訳である。

 報告書だから記述は無味乾燥だが、これはなかなか目からウロコの本であった。

 書名から軍事関連書を想像する人は多いだろうが、そうではない。
 たしかに、かつて「安全保障」という言葉は「国防」と同義であった。しかしいまでは、軍事的側面のみならず、より広い意味での安全を考える概念となっているのだ。たとえば、「経済的安全保障」「総合安全保障」という言葉もある。

 そして、近年さかんに使われるようになったのが、「人間の安全保障(ヒューマン・セキュリティー)」という言葉。
 従来の安全保障が国家中心の概念であったのに対し、「人間の安全保障」は民衆中心の概念である。

 国家が外からの脅威にさらされていなくとも、人々の多くが恐怖と欠乏から自由でなかったなら、真の安全とは言えない――そうした視点から、弱者の人権保護を重視した概念なのである。

 この「人間の安全保障」という概念は、1993年にUNDP(国連開発計画)が「人間開発報告」の中で初めて公式に用いたとされる。
 
 「人間の安全保障委員会」の「共同議長」は緒方貞子と経済学者のアマルティア・センだが、センこそ、「人間の安全保障」の概念に理論的肉づけをした学者といってよい。「経済学と哲学を架橋し、経済問題の検討に倫理的要素を持ち込んだ」と評価されるセンは、「どうすればよりよい人間の安全保障が成し得るか?」を思索しつづけてきた経済学者なのである。

 そしていまや、「人間の安全保障」は国連にとって最大の使命になっている。国民に安全を保障するという責任を果たせない国家や、むしろ国民の安全を脅かす源となっている国家が少なくないからである。

 「人間の安全保障」の概念が扱う分野は、非常に幅広い。
 紛争などの直接的暴力からの保護はもちろん、飢餓や極度の貧困や伝染病からの保護、さらには基礎教育の機会均等までが含まれる。それらのどれ一つが欠けても、真の安全保障は成り立たないからだ。

 本書は、そうした広い分野の「人間の安全保障」の現状を詳述している。多くのデータによって、世界各地でいかに「人間の安全保障」が脅かされ、人権がないがしろにされているかが、浮き彫りにされていく。

 本書の圧巻は、手間ヒマをかけた徹底調査をふまえて集められたそれらのデータである。
 「世界にはいまだこれほどの悲惨があるのか」と、平和ボケ・安全ボケの我々日本人に衝撃を与えずにはおかない。一言で言うと、『世界がもし100人の村だったら』を10倍具体的にしたような内容なのだ。

 たとえば、世界の総人口の5分の1にあたる12億人が、1日1ドル未満で生活する極度の貧困状態にあるという。
 また、世界に6億4千万ある銃器のうち、5分の3を民間人が所有しており、毎年50万人もの人々がそれらの銃器で殺害されているという。

 私が衝撃を受けたデータを、ほかにもいくつか列挙してみよう。

 毎年七〇万人が人身取引の対象となり、そのほとんどが女性と児童で、大多数が南アジアと東南アジアを起点とする売買である。年間およそ五万人の女性と女児が性的搾取を目的として米国に売られている。



 エイズは、この二〇年間に世界の死因の第四位となった。サハラ砂漠以南の国々の平均寿命はわずか四七歳で、エイズがない場合に予測される平均寿命より一五年も短い。


 多くの開発途上国では、出産時の合併症が女性の死因のトップを占めている。毎年、五一万五〇〇〇人以上の女性が妊娠中もしくは出産時に死亡しており、そのうちの九九%が途上国の女性である。出産時の死亡率は先進国では一八〇〇人に一人だが、途上国では四八人に一人という高さである。


 世界の総人口六二億のうち、約八億六二〇〇万人(七人に一人)は非識字である。人口に占める非識字の割合がもっとも高いのはアフリカで、一九九七年には女性の半数以上が非識字だった。



 おおむねデータの紹介のみにとどめられ、生々しい具体的事例の紹介はほとんどない。が、無惨な現状を示す数字の背後には虐げられた人々の慟哭が透けて見えるようで、読んでいて胸がつまる。

 だが、序文に「本報告書を手にする人々は、世界が抱える課題とその前にある機会の両方を見てほしい」とあるとおり、本書の眼目は現状を嘆くことではなく、それを変えていくことにある。

 山積する問題を改善・解決するために何が必要か、各国政府と国連は何をすべきかという提言が、各章末に置かれている。世界をより深く知るために、広く一読を薦めたい。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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