近藤史人『藤田嗣治/「異邦人」の生涯』



 近藤史人著『藤田嗣治/「異邦人」の生涯』(講談社/2000円)読了。
 2003年度大宅壮一賞受賞作。
 大正時代初めに渡仏し、「エコール・ド・パリ」の寵児となった画家・藤田嗣治(つぐはる)の生涯を追ったノンフィクションである。

 フランスで最も有名な日本人となり、ピカソやシャガールらと並ぶ「五大巨匠」の1人に数えられるほどの名声を得た藤田だが、祖国日本の美術界は彼に正当な評価を与えなかった。

 くわえて、戦時中に一時帰国した藤田が従軍画家となって「戦争画」を手がけたことで、戦後は「戦争協力者」の汚名を着せられた。ほとんどの画家が「戦争画」を手がけたにもかかわらず、世界的名声を得ていた藤田は格好のスケープゴートとされ、彼1人が槍玉にあげられたのだ。

 1955年に藤田がフランスに帰化した際、日本では「藤田は日本を捨てた」との批判の声が上がった。だが実際には、彼は「日本に捨てられた」と感じていたのだった。ゆえに、『「異邦人」の生涯』――。

 芸術家の生涯を追ったノンフィクションというと、直木賞作家・高橋治が小津安二郎を描いた傑作『絢爛たる影絵』が思い浮かぶが、本書はそれに勝るとも劣らない出来。

 まず、「エコール・ド・パリ」の画家群像を描いた青春物語として出色である。
 裕福な名門の家に生まれながら、実家からの援助をことわってモンパルナスで貧しい修行時代をすごす藤田。その周囲には、モディリアニ、スーティン、パスキンら、のちに一家を成す画家たちが、同じように貧しき無名時代をすごしていた。

 芸術への情熱をたぎらせ、奔放な恋をし、議論やケンカや奇行に明け暮れる彼らの姿には、“神話化した青春”という趣がある。
 映画のようにロマンティックな名場面が目白押しだ。たとえば――。
 
 若く貧しい芸術家たちが集うモンパルナスの食堂では、酔いにまかせて音楽家が店のピアノを弾き、しばしば即興の演奏会となる。その中には、たとえばサティの姿もあった。
「ある日藤田は、不思議にけだるい旋律を奏でる音楽家がエリック・サティという名前であることを知り、その名を深く心に刻んでいる」

 寒さをしのぐため、自分が描いた絵を燃やして暖をとるほど貧しい暮らしをしていた無名時代の藤田。その心の支えとなったのは、彼が初めて開いた個展を訪れたピカソが、一枚の絵の前で3時間も立ち尽くして見入っていたことだったという。

 「モンパルナスの女王」と呼ばれた奔放な美女・キキとの、性愛に至らない「男女の友情」も、胸を打つ。

 また、藤田が自らの絵画を極めるために並外れた精進をつづけるさまにも、感銘を覚えた。
「今までの日本人画家は、パリに勉強しにきただけだ。俺は、パリで一流と認められるような仕事をしたい」
 そう語った藤田は、その言葉どおり、フランスで最も権威ある「レジオン・ドヌール勲章」を得るなど、押しも押されもしない「一流」となった。

 そこに至るまでに藤田が重ねた努力は、当然のことながらすさまじいものだった。修行時代には、1日14~18時間も絵筆をふるいつづけた。しかも、「日が落ちて手許が暗くなって描けなくなる」まで、時の経つのも忘れて一心不乱に描きつづけたという。

 1人の芸術家の心に深く分け入り、その代表作の数々に秘められた心情を読み解いた書としても、たいへん優れている。私はあいにく絵画にはまったく不案内だが、著者の絵画への造詣もただならぬものと感じた。
 藤田の画集をかたわらに置いて、取り上げられた絵を逐一目で確かめながら、読み直してみたい。
 
 著者は、関係者への丹念な取材を重ね、そこから得られた多くの新事実によって、従来流布してきた藤田嗣治像を打ち壊してみせた。満票で大宅賞を受賞したのもうなずける力作だ。

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 なお、内容とは別にしみじみ思ったのは、「テレビの世界は取材に手間ヒマかけられていいなあ」ということ。

 著者の近藤はNHKのディレクターで、本書も、「NHKスペシャル」などの番組のために行われた取材がベースになっている。
 作品の核を成しているのは君代夫人(嗣治の5人目の妻)へのインタビューだが、彼女に対する取材だけでも5年以上、80時間以上の録音テープを費やしているという。もちろん、それ以外の関係者への取材作業も、たっぷりと時間をかけて行われている。

 活字オンリーのノンフィクションでは、1冊の本にこれほどの手間ヒマはとてもかけられない。いや、「かけられない」ことはないのだが、その場合、経費のほとんどは書き手が自腹を切る羽目になる。

 近年、大宅賞などのノンフィクション賞の受賞者に、テレビ・ディレクターが増えた。
 昨年、新潮ドキュメント賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した高木徹もNHKのディレクターであり、受賞作『戦争広告代理店』もテレビ番組のための取材をベースにしている。また、昨年の講談社ノンフィクション賞を高木徹と同時受賞した斉藤道雄も、TBSのディレクターだ。

 こうした現象は、今後もつづくであろう。我々活字プロパーのライターは、取材の厚みでテレビの人たちにかなわないからだ。

 どれほどの格差があるか、私自身の例を挙げよう。
 少し前、私は福岡県宗像市の「義足のサッカー少年」星川誠くんを取材して記事を書いた。その記事を書くために私が行なった取材は1泊2日。それだけの取材で、私は6ページの記事を書いたのだ。

 いっぽう、日テレの『バンキシャ!』は、星川くんに対して2週間にわたる密着取材を行ったという。わずか15分ほどのワンコーナーのために、である。それくらい、取材の厚みに差があるのだ。

 もちろん、テレビの世界でも、深夜枠の硬派ノンフィクションなどは乏しい予算で苦労して作っているはずで、一概に「雑誌よりテレビのほうが取材が厚い」とは言い切れない。
 しかし、「NHKスペシャル」のように潤沢な予算が使えるものの場合、その取材の厚みたるや、雑誌ライターにはとうてい太刀打ちできないのである。

 以前、「NHKスペシャル」などを作っていた元ディレクターを取材したことがある。その人によれば、「NHKスペシャル」のディレクターは年に一本程度番組を作ればよく、ほかの仕事はしないのだという。ひたすらその番組に集中し、たっぷりと手間ヒマをかけて作っているのだ。

 小説家などの文化人に映画を撮らせることが流行ったバブル期に、「映画監督になりたかったら芥川賞をとれ」などと言われたものだが、いまや「大宅賞をとりたかったらNHKのディレクターになれ」という感じだ。

 出版不況が深刻になればなるほど、取材経費として認められる枠も狭まっていくから、活字プロパーのノンフィクション作家はますます活躍しにくくなってきている。
 
 いかん、ひどい不景気話になってしまった。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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