車谷長吉の作品

赤目四十八瀧心中未遂赤目四十八瀧心中未遂
(2001/02)
車谷 長吉

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『赤目四十八瀧心中未遂』(文春文庫)
 1998年の直木賞受賞作品。
 掛け値なしの傑作である。読み出したら途中でやめられない、まさに「巻を措く能わず」の面白さ。

 一時は広告代理店でエリートサラリーマンとして働きながら、子細あって尼崎のドヤ街に流れつき、モツ焼き用の臓物を串に刺す単純労働で口に糊している男(=かつての著者自身の分身)が主人公。
 物語の後半、主人公はドヤ街で出会った女と連れ立って、ヤクザの追跡から逃れて心中をしようとする。そこに至るまでに描かれる、社会のどん底で生きる人間群像が素晴らしい。まことに哀切、かつ凄みがある。

 「生島さん、私を連れて逃げて」
 「どこへ?」
 「この世の外へ」

 終盤で描かれる2人の逃避行。そして、その過程で初めて明確になるヒロイン「アヤちゃん」の人間像は、哀切の極みである。背中一面に「迦陵頻伽(かりょうびんが=インド神話に登場する、人頭鳥身の鳥)」の刺青をした、世の底に棲む不幸な美女――。
 
「けど、ほんまに困ったら、人は誰にも相談でけへんのよね。人に相談できるあいだは、まだほんまに困ってないいうことよね」
「うちはもう金で買われた女や。と言うことは、もううちがうちでない、いうことや。もう死んだ人間や」
「うちはドブ川の粥すすって生きて来たんよ。もう何も欲しいもんあらへんねん」

 ――「この世の闇へ沈められた人の言葉」。「その物言いにこもる怒り・悲しみには、己れが人間であることに絶望した人からのみ滲み出て来る『底冷え。』があった」

 この『赤目四十八瀧心中未遂』は、年齢を重ねた作者(1945年生まれ)にしか醸し出せない「人が人であることの悲しみ」が、全編にみなぎっている。そして、おぞましく無惨な世界を描きながらも、文章には不思議な透明感がある。



『鹽壺(しおつぼ)の匙』(新潮文庫)
 車谷の第一作品集(親本は92年刊)。三島賞と芸術選奨文部大臣新人賞をダブル受賞して、彼の文名を一躍高からしめたものだ。

 中・短編6編を収める。若くして自殺した叔父の思い出を中心に据えた表題作と、中編「吃りの父が歌った軍歌」が群を抜いて素晴らしい。

 いずれも両親・近親の恥(もちろん己の恥も)を容赦なくえぐり出す私小説なのだが、目を瞠る完成度。読む者に、無惨さを超えた澄明さを感じさせる。
 とくに「~軍歌」は、『赤目四十八瀧心中未遂』とともに、車谷の代表作になり得る傑作だと思った。

 エッセイ集『業柱抱き』で、車谷はこの作品について次のように触れていた。

「私は三十九歳のとき、一年間かかって、『吃りの父が歌った軍歌』という小説を書いた。父の真摯な、併しぶざまな生涯を叙したものである。書くことが、ただ苦痛であった。口から血へどをはく思いがした」

 たしかに、この作品にはそうした切羽つまった迫力があり、また、時間をかけて丹念に熟成した趣がある。作家が一生に一度しか書けないたぐいの作品である。

 また、「あとがき」も短いながら素晴らしい。批評家などが車谷を論ずるときに必ずといってよいほど引用する、車谷文学の見事な「マニフェスト(宣言文)」である。
 以下、その主要部分を引用してみる。

 「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。ことにも私小説を鬻(ひさ)ぐことは、いわば女が春を鬻ぐに似たことであって、私はこの二十年余の間、ここに録した文章を書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来た。併しにも拘らず書きつづけて来たのは、書くことが私にはただ一つの救いであったからである。凡(すべ)て生前の遺稿として書いた。書くことはまた一つの狂気である。
 この二十数年の間に世の中に行われる言説は大きな変容を遂げ、その過程において私小説は毒虫のごとく忌まれ、さげすみを受けて来た。そのような言説をなす人には、それはそれなりの思い上がった理窟があるのであるが、私はそのような言説に触れるたびに、ざまァ見やがれ、と思って来た」

 ただ、この作品集には72年に発表されたデビュー作「なんまんだあ絵」などの初期作品も収録されているのだが、それらは習作の域を出ない凡庸な仕上がりである。あたりまえの話だが、車谷にも最初から傑作が書けたわけではないのだ。

『漂流物』(新潮文庫)
 芥川賞候補作を含む96年刊の短編集。平林たい子賞受賞作でもある。
 だが、私にはつまらなかった。よく言えば実験的、悪く言えば手抜きの作品が多い。

 「物騒」という短編がいちばんひどい。死んだ隣人が訪ねてきたりして、マジック・リアリズムの出来損ないみたいな作品なのだが、小説として完全に破綻してしまっている印象。
 また、「めっきり」という掌編は、本にまつわる思い出をダラダラ書き連ねただけの作品で、小説というよりは中途半端なエッセイ。

 表題作「漂流物」も、「青川さん」という主要人物の語りがダラダラとつづいてうんざりさせられる。
 話としては面白いのに、なぜ安易に「語り」に頼って描写を惜しむのか。血を流して書いていると言うわりには手抜きじゃないかと文句の一つも言いたくなる。

 『赤目~』と同じ「無一物」時代(=車谷が料亭のタコ部屋的下働きなどを転々としていた時代)のエピソードを描きながら、『赤目~』の完成度には遠く及ばない。芥川賞をとれなかったのもうなずける。
 もっとも、そのときの受賞作である保坂和志の『この人の閾(いき)』も、私にはどこがいいのかさっぱりわからないが。

 唯一面白かったのが、短編「抜髪」。
 これは、車谷がさまざまな場面で母親に言われてきた言葉を、ただ並べて作品化したもの(!)。地の文は一行もない。手法は実験的ながら、母親の言葉の一つひとつがいきいきと躍動していて、それを読むだけで面白い。車谷文学の原点はこの母親にあるのだ、と思わせる。いくつか抜粋してみよう。

 「男はをなごにだまされたいん。けど、をなごにだまされるぐらい具合のええことも、あらへんのやで。あんた一遍だまされて見な」
 「議論いうたら、インテリの猥談やないか」
 「言葉を書くいうことは、人をまどわすことやで。かどわかすことやで。かたることやで。ゆすりかたりのかたりやで」
 「義理とお義理は違うで。水と油ほど違うで。世ン中では、お義理のことを義理と言うんや。そない言いくるめて、人を雁字搦めにするんや」
 「あんた賞金百萬円ももうたん。(中略)けど、それはあんたがもうたんやないで。一時預かりの銭やで。あの人ら、いずれ元取ろうとしてやで。あんたに預けた百萬円、二百萬にして返してもらおうとしてやで。(中略)人に銭もらうぐらい恐ろしいことはないで」

 車谷作品に登場する女性像の原型、ひいては車谷の人間観・人生観・文学観の原型を、この作品に描かれた母親の言々句々は孕んでいる。

『金輪際』(文春文庫)
 99年刊の中・短編集。
 かなり玉石混交で、短いものほどつまらない。唯一中編といってよい長さの「児玉まで」がいちばん面白かった。

 車谷は、女性を描くのが非常にうまい。この「児玉まで」でも、品のよさと淫蕩さを併せ持ったヒロイン・頼子の描写が水際立っている。女性の嫌な部分まで容赦なく描きこみながら、なおかつ魅力的なのだ。

 でも、正直なところ、『赤目~』の圧倒的迫力には遠く及ばない。あれはきっと、車谷にとっても畢生の傑作だったのであろう。

 収録作品はどれも広義の私小説なのだろうが、私小説嫌いの私にも抵抗なく読める。本書を読んでその理由がわかった気がした。「どうしようもなく情けない自分」を自虐的に描きながらも、そんな自分に酔っているようないやらしさが皆無なのだ。
 むしろ、「情けない自分」を突き放した視点で眺めながら笑い飛ばすような、乾いたユーモアがあふれている。

 たとえば、収録作の一つ「変」は、自らが芥川賞の候補になりながら落選(その後直木賞を受賞)した時期のことを描いているのだが、その中に、自分を落選させた芥川賞の各選考委員を呪うため、「丑の刻参り」(!)をする場面が出てくる。

 なにやら筒井康隆の『大いなる助走』(筒井が直木賞に落選した怨念をエネルギーにして書いた作品)を彷彿とさせるエピソードだが、こちらは選考委員の名前もすべて実名で登場する。
 だが、一歩間違えば陰惨なこのエピソードが、車谷の小説の中にあってはむしろ爆笑を誘うのだ。

 みじめな自分・無惨な生を笑い飛ばす濃密なエネルギー。それが車谷の小説を、「私小説を越えた私小説」たらしめている原動力である。



『業柱抱き』(新潮文庫)
 車谷の第一エッセイ集(親本は98年刊)である。小説同様、誰にも真似のできない鉄壁の個性が横溢。
 タイトルからしてスゴイ。自らの半生を「業(=宿業)の柱を抱いて生きるような人生」だと宣言しているのだ。

 小説に対する基本姿勢を表明したマニフェストのような文章が多い。そして、それらのすべてに私は深く共鳴した。
 たとえば――。

「この世で一番まっとうに生きている人は、文学などには無縁に生活している人たちの中にいるのである。言葉をもてあそぶことのない、もの言わぬ人たちである」
「文学の本質には程度の差はあれ『反社会性』が含まれており、書くのは疚(やま)しいことであった」
「私小説一篇を書くことは、人一人殺すに似たことだと思うた」

 このように、“文学は無用の用”“小説家は堅気の仕事ではない”というのが車谷の基本認識である。
 だからこそ、直木賞をとって以来自分を「名士扱い」する周囲に、車谷は反発する。たとえば、「日本紳士録に是非お名前を」との案内書が送られてくると、それを即座にゴミ箱に投げ捨てる。

 「太宰治の時代じゃあるまいし」と鼻で笑う向きもあろうが、小説家の多くがサラリーマンとなんら変わらない存在になってしまった昨今だからこそ、反時代的な車谷の存在はいっそう光彩を放つのである。

 私は、この人の本を読むたび、「ピンポケのカラー写真の山に一枚だけまぎれこんだ、ピントの合ったモノクロ写真」を思い浮かべる。

『白痴群』(新潮社)
 2000年刊の中・短編集である。

 全体に小粒な出来。「傑作」というより「佳作」という表現が似合う感じ。
 高校時代の忘れ得ぬ恩師を描いた「狂」も、少年期の苦い思い出を綴った表題作「白痴群」も、そこそこ面白い。面白いのだけれど、「この話、わざわざ小説にしなくても……。エッセイにするくらいが妥当な題材じゃないの」と言いたくなる小粒感が漂う。

 川端康成賞を受賞した短編「武蔵丸」は、その最たるもの。
 これは、車谷夫妻がひと夏の間飼った、「武蔵丸」と名づけられたカブトムシの物語。飼い始めてから死ぬまでの出来事が、淡々と描かれる。
 車谷の筆力ゆえに、たったそれだけの話でもけっこう読ませるのだが、「こんなの、エッセイにしろや」と毒づきたくなる。川端賞をもらうほどの作品だろうか。

 最後に収録された「一番寒い場所」が、最も面白い。
 だが、それは描かれるエピソードの面白さであって、小説としての醍醐味とは似て非なるものだ。
 これは、車谷が若き日に交友をもった、山口二矢(浅沼稲次郎刺殺犯)の親友で三島由紀夫にも可愛がられたという、不思議な右翼青年の物語。
 その破天荒なキャラクターが魅力的で、「これほど面白い人物なら、多少ヘボな小説家が描いても面白い小説になるだろう」と思わせる。
 要するに、面白いけれど、車谷文学ならではの魅力が希薄なのだ。

『贋世捨人(にせよすてびと)』(新潮社)
 2002年刊の長編小説で、車谷が自らの青春時代を振り返った作品だ。

 私は川本三郎さんの『マイ・バック・ページ』(河出書房新社)という作品が大好きなのだが、これは“車谷版『マイ・バック・ページ』”という趣の作品。

 『マイ・バック・ページ』は、川本さんが『週刊朝日』の記者だった20代の日々を振り返ったもので、「ある60年代の物語」という副題どおり、1960年代のさまざまな流行・風俗がちりばめられた出色の青春グラフィティとなっていた。

 この『贋世捨人』も、時代背景となる1970年代初頭の社会的事件が随所に盛り込まれ、車谷らしい切り口でとらえた70年代グラフィティとして楽しめる。時代にどっぷりつかるのではなく、一歩退いた位置から時代を冷ややかに眺める視点が保たれているのだ。

 三島由紀夫の自決(1970)に衝撃を受けて小説を書き始めたという車谷は、伝説的雑誌『現代の眼』の編集部で働き(これは知らなかった)、連合赤軍事件(1972)や金大中事件(1973)にも、ある具体的なかかわりをもつ。

 のち、『現代の眼』編集部を辞めて朝日新聞社の中途採用試験に合格するのだが、石油ショック(1973)によって朝日が新規採用自体をとりやめ、せっかくの就職をふいにする。そして、関西の料亭の下足番として、「無一物」の生き方を始めるのだった。
 つまり、『赤目四十八瀧心中未遂』で描かれた時代の手前までが、この作品で描かれるのだ。

 大江健三郎、小林秀雄、小佐野賢治、児玉誉士夫、竹内好、斎藤十一などの大物が次々と実名で登場し、ゴシップ的興味からだけでも十分面白く読める。

 新潮社の「天皇」と呼ばれた斎藤十一(元重役。『週刊新潮』『フォーカス』の生みの親でもある)に批判的に言及した部分があるのだが、にもかかわらずこの本が新潮社から出せたのは、斎藤がすでに世を去ったからであろう。

 車谷自身についての部分では、ほかの作品と重複するエピソードも多いのが難だが(ま、これは私小説作家の定めだ)、小説としてすこぶるていねいな仕上がりで、読み応えがある。

 『マイ・バック・ページ』は清冽なリリシズムに満ちた切ない作品だったが、同じ青春グラフィティでも、こちらは車谷らしくむごたらしい印象。「青春という名の地獄巡り」という趣である。

 無惨な初体験(娼婦を買ったら、事後に相手が小学校時代の同級生であることに気づいた、というもの)や手ひどい失恋のことなども、自らの心の傷を容赦なくグリグリえぐるように描いている。

 また、物語の後半では、文芸誌『新潮』の担当編集者と車谷との、四六時中睨み合うような凄絶な関係が描かれる。

 車谷の才能に惚れ、世に出そうとする編集者の入れこみようときたら、よく言えば「熱意にあふれ」ているが、悪く言えば「もうムチャクチャ」である。
 1本の小説を『新潮』に掲載するまでに、じつに12回(!)も原稿を没にし、原稿を持っていくたびに「俺は失望したよ」とか「お前、よくも俺にこんな原稿を読ませやがったなッ」などという悪罵を投げつけるのだ。

 そのくせ、自分のボーナスの一部を一方的に車谷に押しつけ、経済的援助をしたりする。こんな文芸編集者はいまどきもういないと思うが、車谷が逃げ出したのも無理はない。

 ちなみに、天皇・斎藤十一は車谷の作品を蛇蠍の如く嫌っていて(さもあろう。なんとなくわかる)、「車谷に入れ込みすぎた」という理由でその編集者を文庫編集部に異動させてしまったという。

 いやあ、じつに面白かった。面白さということでいえば、『赤目四十八瀧~』の次くらいに位置すると思う。

 『贋世捨人』というタイトルも、車谷らしくてじつによい。ただ世捨人を気取って自分に酔いしれるのが並の私小説作家だとしたら、車谷には、そんな自分を一歩しりぞいた位置から眺めて皮肉な笑いを浮かべている趣がある。「しょせん贋世捨人やないか」と……。



『文士の魂』(新潮社)
 自らが愛読し、創作の手本ともしてきた小説について綴った連作エッセイ(2001年刊)。

 私小説中心のセレクトになっているのかと思ったら、さにあらず。車谷の読書の幅は意外に広い。澁澤龍彦の『犬狼都市』などという、自身の小説とは似ても似つかない作品まで取り上げて絶賛している。

 ただ、車谷の文学観はやはり独特のものである。
 どんなに世評高い「名作」であっても、自らの文学観に照らして愚作だと思えば容赦なくこきおろす。その毒舌ぶりが読んでいて痛快だ。たとえば――。

「(森鴎外の)『阿部一族』の息詰まるような文体の緊密さに較べたら、司馬遼太郎の歴史小説など風呂の中の屁みたいなものである」
「『金閣寺』を再読した。その結果、この度も、三島が牛の涎のごとくたれ流す、美と不具者についての哲学的考察については辟易した。果たしてこれが小説の文章だろうか。(中略)この作品は、三島由紀夫生涯の傑作と評されている小説である。併しこの美と不具者についての考察は退屈である。空虚である」

 また、堂に入った「ひねくれ者」ぶりが、いつもながら面白い。たとえば、車谷はこんなふうに書く。

 「己がなまじ文士の端くれのような生活をしているだけに、作家などとは付き合いたくはないのである。作家などというものは、一番下等な人種である。従って、尊敬の念などかけらも持っていない。これを淋しいといえば淋しいに相違ないが、併し文学は本来独学でやるものであるから、これでよいと思うている」

 たんなる読書エッセイというより、車谷自身の文学観を他の作家の作品に託して披瀝した1冊。ファン必読である。

『錢金(ぜにかね)について』(朝日新聞社)
 2002年刊のエッセイ/評論集である。
 書名は、収録作品のうちいちばん長いエッセイのタイトルをとったもの。お金のことを書いた文章ばかり集めているわけではない。

 直木賞受賞以来一躍売れっ子になった車谷が、さまざまなメディアに書いた文章を寄せ集めたもの。「受賞の言葉」のたぐいや、車谷が行った講演の速記録に加筆したものなどまで収めている。ページ数合わせのために入れたような、取るに足らない駄文も多い。

 玉石混交ではあるが、「玉」の中には目を瞠るような素晴らしい名文がある。
 とくに、亡くなった友人や恩人・畏敬する作家について綴った一連の文章には、余人の追随を許さぬ深みがある。

 たとえば、かつて自分を手ひどく裏切った友の病死を受けて綴られた、「死の光」。
 大学時代の恩師であり、自分を世に出してくれた恩人でもある江藤淳の自殺を受けて綴られた「恂愛」「喪失」。
 三島由紀夫の自決の衝撃を振り返り、その死の謎に車谷らしいアプローチで迫った「三島由紀夫の自刃」。
 無名時代の車谷を高く評価した恩人・白洲正子を追悼した「魂の師・白洲正子さんを悼んで」。
 ――いずれ劣らぬ、心にしみる名文である。

 また、追悼文ではないが、「私の文章修行」や、妻・高橋順子(詩人)との出会いを振り返った「みみず」も、珠玉というにふさわしい名編だ。
 世の作家の中には、「小説はいいけど、エッセイや評論を書かせるとまるでダメ」という人が少なくない。が、車谷はエッセイや評論を書かせても抜群である。

 ページ数はもっと少なくてもよいから(350ページを超える)、どうでもよい駄文は削って、これらの名文だけでエッセイ集を編んでほしかった気がする。

 車谷の「ひねくれ者」ぶりは、このエッセイ集でも全開。
 たとえば、「私は東京人が嫌いである」という一編があるのだが、この文章の初出を見れば、なんと雑誌『東京人』に寄せたものなのである。『ニューヨーカー』に、「私はニューヨークが嫌いだ」というエッセイを書くようなものだ。
 「いまの東京は日本で一番醜い都市である」と吐き捨てるように書いたこの小文が、よくまあボツにならず『東京人』に載ったものである。

 ひねくれ者ぶりも、ここまで徹底すれば立派な「芸」だ。


『忌中』(文藝春秋)
 2003年11月刊行の最新短編集。

 すこぶる質の高い短編集だが、これまでの車谷の全著作中、最も暗くやりきれない1冊でもある。

 なにしろ、収録作6編のうち、じつに4編までが自殺・心中の話であり、1編は殺人事件の犠牲者となった高校時代の女友達を描いた小説なのだ。不吉な書名のとおり、本の中に死が満ちている。

 これまでの車谷作品には、暗くおぞましい世界を描いても、どこかにその暗さを笑い飛ばすユーモアがあった。しかし、この本に収録された6編にはユーモアが欠落している。もう真っ暗。どこにも救いがない。
 
 ただ、だからつまらないかといえばそんなことはない。とくに、今年に入ってから発表された後半の3編、「三笠山」「飾磨」「忌中」は、甲乙つけがたい傑作である。

 この3編は、いずれも私小説ではない。たとえば「飾磨」は、車谷作品で初めて女性を主人公にしている。私小説を書きつづけてきた車谷が、いま、懸命に作家としての新境地を模索しているのだ。

 そして、3編の素晴らしさは、車谷が私小説以外の分野でも十分にやっていけることを証して余りある。

 私がいちばん感銘を受けたのは、「三笠山」である。
 これは、建築資材を扱う零細企業が資金繰りに行き詰まり、経営者夫婦が子ども二人を道連れに一家心中をするまでの経緯を克明に描いた作品。

 「そんな暗い小説、読みたくない」と思う向きもあろう。たしかに暗い。ムチャクチャ暗い。しかし、まぎれもない傑作。読み始めたら途中でやめられない異様な迫力がある。

 幸せな恋愛を経て結婚した夫婦が、少しずつ奈落に落ち、心中に追い込まれるまでの過程が、まことに哀切に、ずしりと重いリアリティで描かれていく。
 
 実際にあった事件を下敷きにしているのかもしれない。しかし、『週刊新潮』の「黒い報告書」(「最近の事件をヒントにした創作です」というヤツ)のような紋切り型の低俗な「事件読み物」とは、まるで次元の違う深みがある。

 私がこの「三笠山」を読んで思い出したのは、三島由紀夫の「憂国」である。心中前夜の夫婦を描いているという一点が共通しているのみで、作品の傾向はまったく異なるのだが、これは車谷にとっての「憂国」なのだ、と思った。

--------------------------

 『赤目四十八瀧心中未遂』を初めて読んで以来、のめりこむように次々と車谷作品に手を伸ばしてきたが、これでようやく既刊すべてを読み終えたことになる。

 けっきょく『赤目四十八瀧心中未遂』を超える作品には出合えなかったが、それでも、車谷作品をこれからも読みつづけたいと思った。

 ここで、福田和也の『作家の値うち』に倣って、不肖私が、これまでに読んだ車谷の作品集(小説/エッセイ)の採点をしてみよう。
 ま、私ごときの評価など、車谷流に言えば「風呂の中の屁みたいなもの」だけれど……。

『赤目四十八瀧心中未遂』95点
『鹽壺の匙』90点
『漂流物』30点
『金輪際』65点
『業柱抱き』70点
『白痴群』45点
『贋世捨人』90点
『文士の魂』60点
『錢金について』70点
『忌中』85点
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はじめまして。車谷長吉さんの、三笠山で検索した結果からご訪問しました。
三笠山を読んだときの衝撃はいまでも忘れることができず、その後何度も読み返しています。
車谷氏における憂国だという解釈は、なるほどなと思いました。私はあの小説を純愛小説、心中小説のままでは納得したくはありませんでした。ブログ拝読させていただき有難うございました。
  • 2012-03-18│13:10 |
  • なみログ URL
  • [edit]
Re: 偶然の出会い
こんにちは。
コメントありがとうございます。

> 「十歳の放浪者」を検索していてこのブログにに出会い、いろいろと読みふけってしまいました。当方書くことを勉強中の女性です。

当ブログの「ライター入門」のカテゴリーにある本は、書くことの参考になるものが多いですよ。

それでは。

前原
  • 2011-06-02│04:37 |
  • 前原政之  URL│
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  • 2011-06-02│01:09 |
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前原政之 
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前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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