『週刊新潮』の「お家芸」

 『週刊新潮』の最新号(4月22日号)が売り切れ店続出の勢いだという。原因はいうまでもなく、イラクの人質3人のプライバシーを盛大に暴いた目玉記事である。

 この記事が、じつにひどい。同日発売のライバル誌『週刊文春』も3人のプライバシーに触れているのだが、例の「真紀子長女記事」から日が浅いこともあってか、文春のほうはずいぶんおとなしいトーンの記事になっている。そのため、『週刊新潮』の悪意がいっそう際立つのである。

 3人の行動について賛否両論あるのは、当然であろう。
 だが、まだ安否も明らかになっていなかった段階で、微に入り細を穿ってプライバシーを暴き(親の所属政党や職業、本人たちの非行歴・学歴・職歴・離婚歴から住まいの間取りに至るまで書かれている)、揶揄中傷し、《~「劣化ウラン弾」高校生》などという悪意に満ちた見出しをつけるのは、あまりにひどい。

 一方では立派な文学全集を出しているような老舗文芸出版社の雑誌が、「2ちゃんねる」レベルのプライバシー暴きを大々的にやっているのである。

 だが、これまでの同誌の報道姿勢を考えれば、今回の記事はじつに「新潮らしい」ともいえる。
 犯罪被害者のプライバシーを暴くことも、市民運動団体を叩くことも、社会的活動に勤しむ女性を揶揄中傷することも、『週刊新潮』のお家芸であり、その3つがいっぺんにできる一石三鳥の「おいしいネタ」を、彼らが見逃すはずはないのである。

 過去の報道から、ここでは「犯罪被害者叩き」の例を挙げよう。

 1993年、イタリアのローマで、旅行中の日本人女子学生6人がレイプされるという痛ましい事件が起きた。『週刊新潮』はこの事件を数回にわたって報じたが、それらの記事はいずれも、“彼女たちの行動も軽率であった”うんぬんと、被害者側に落ち度があったかのようにいう内容だった。
 とくに、93年2月18日号では、《ローマで六人一括「レイプ」された女子大生の「学校名」》なるタイトルの記事を載せ、記事中では被害者の学校名・学科名まで書いてしまった。

 2001年6月に沖縄で起きた米兵による日本人女性レイプ事件をめぐっても、『週刊新潮』は同じことをくり返した。4回にわたってこの事件を報じたが、その中で、まるで被害女性の側に落ち度があったかのようにいいつのり、心の傷に塩を塗りこんでみせたのである。
 女性は一部マスコミの暴力的取材に抗議する手記を発表したが、『週刊新潮』はその手記さえも槍玉にあげ、「自己弁護のオンパレード」「余りにも薄っぺらい内容」などと嘲笑してみせた。

 今年に入ってからも、毎日新聞社社長の拉致監禁事件を報じるにあたって、『週刊新潮』は記事見出しに「ホモ写真」なる言葉を用い、事件の被害者である社長を、事実を歪曲する形で揶揄中傷した。事実は、監禁中に衣服を脱がされて写真を撮られたというだけのことなのである(この記事をめぐっては、毎日新聞社と同社社長が新潮社を提訴)。

 人の不幸を売り物にし、プライバシー暴きを売り物にしてきた雑誌に向かって、「そうした記事を書くのはケシカラン」と言ってみても詮ないことではある。
 が、今回の特集記事のリード文冒頭に「いったい日本人の美徳はどこへ消えてしまったのか?」などと書かれているのをみると、やはりムカムカしてくるのである。

 「日本人の美徳」?
 いまの日本人がこんなにも「他人の不幸とプライバシー暴きが大好き」になってしまった責任の一端は、『週刊新潮』のような雑誌の人権侵害報道にあるのではないか? 1956年の創刊以来、半世紀近くにわたって毎週くり返されてきた同誌の「俗物主義」報道(※注)は、日々の食事に盛られる微量の毒のように、じわじわと日本人の心を蝕んできたのではないか? その『週刊新潮』に、「日本人の美徳」をうんぬんしてもらいたくない。

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※『週刊新潮』『フォーカス』の「生みの親」である齋藤十一(故人・元新潮社重役)は、かつて岩川隆によるインタビューにこたえ、次のように述べた。
「うちの基本姿勢は“俗物”主義でした。人間という存在自体がそうでしょう。どのように聖人ぶっていても、一枚めくれば金、女……、それが人間なのですよ。だから、そういう“人間”を扱った週刊誌を作ろう……あっさりいえばただそれだけでした」(『潮』1977年5月号)

 齋藤はまた、『週刊文春』97年7月31日号の《わが「新潮社」社員に告ぐ》というインタビュー記事で、次のように述べている。

「人権? たしかに大事なものかもしれないね、でも、それに拘泥してたんじゃ、ぼくらは出版できない。人権よりもっと大事なものがある」


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 もちろん、覗き見願望や人の不幸にほくそ笑む卑しさは、誰にでもあり、私の中にもある。偏見も、誰にでもある。
 しかし、そうした人間のネガティヴな側面を抑制する方向に努力するのがジャーナリズムの役割ではないのか?

 たとえば、「強盗に入られた側にも隙があり、落ち度があった」とは誰も言わないのに、レイプについてだけはいまだに「被害者にも落ち度があった」という言い方がまかりとおる。それはひどい偏見であり、ジャーナリズムならその偏見をなくす方向に努力すべきである。しかし、『週刊新潮』のやってきたことはまったく逆で、偏見を助長する記事を積極的に載せてきたのだ。

 覗き見願望と偏見を助長する『週刊新潮』の報道姿勢は、20世紀の遺物である。
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コメント

ありがとうございます。
早速参加サイトに加えました。
DOIさま

>こちらの同盟参加リンク集へここを加えて構わないでしょうか?

どうぞどうぞ。最初からそのつもりです。

>週刊新潮読者ならもっと下劣なことをしても不思議ではありません。

いまさら気にしませんので(笑)、平気です。
  • 2008-11-02│12:53 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
申し訳ありません、前のコメントでメールアドレスが間違っていました。

前原さまが週刊新潮不買同盟へのリンクを貼ったことを確認しました。
ところで、こちらの同盟参加リンク集へここを加えて構わないでしょうか?
私は以前、ある漫画ファンサイトの同盟が2ちゃんねるの住人に狙われて同盟に参加していたファンサイトのほとんどが荒らされたのを目の当たりにしたことがあります。
週刊新潮読者ならもっと下劣なことをしても不思議ではありません。
お手数ですがそれでも同盟のリンクに加えても構わないのであれば連絡をお願いします。
DOI Tomohikoさま

はじめまして。
私は以前『週刊新潮』批判の本も書いたくらいなので、貴サイトのご主旨には全面的に賛同いたします。

バナーは近々トップページのどこかに貼っておくようにしますので、少しだけお待ち下さい。
  • 2008-10-16│18:27 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
週刊新潮不買同盟応募
突然のコメントを失礼いたします。
私は週刊新潮不買運動同盟サイト
http://www4.atpages.jp/shinchofubai/
を立ち上げた DOI Tomohiko と言う者です。

できれば貴方のサイトやブログへ週刊新潮不買の意思表示として
バナーかリンクを貼って欲しいと思いメールを送りました。
今年に入ってでも週刊新潮は映画『靖国』上映自粛問題や
沖縄の女子中学生へのセカンドレイプ等の
反社会的言論テロを引き起こしています。

私自身はまだ大学院修士課程の一学生という身分です。
私の大学では社会問題を扱うサークル同士が
些細な違いを乗り越えられず同士討ちをしている有様なので
私は社会問題を扱うサークルには属していません。

せめて週刊新潮不買不買同盟が週刊新潮がまるで一流週刊誌の
一角のように扱われている恥ずべき実情を崩す
一助になればよいかと考えています。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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