マット・リドレー『やわらかな遺伝子』

やわらかな遺伝子やわらかな遺伝子
(2004/04/28)
マット・リドレー中村 桂子

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 マット・リドレー著、中村桂子・斎藤隆央訳『やわらかな遺伝子』(紀伊国屋書店/2400円)読了。

 著者は英国のサイエンス・ライター。
 英オックスフォード大学で動物学を学んで博士号を取得、『エコノミスト』誌ほかの科学担当記者を経て、現在は英国「国際生命センター」の所長。コールドスプリングハーバー研究所の客員教授でもある。

 吹けば飛ぶよな「ライターさん」である私など、聞いただけで恐れ入ってしまう輝かしい経歴だ。学者に教えを乞うライターというより、一流の学者と対等に伍して議論をかわすだけの力をもった、本格派のサイエンス・ライターなのである。

 2001年に邦訳が出たリドレーの前著『ゲノムが語る23の物語』は、ゲノム(=「遺伝子の一揃い」のこと)研究の歴史と最先端を知るための科学啓蒙書として出色だった。「さすがは『ネイチャー』の国イギリス、サイエンス・ライターの中にもすごい逸材がいるものだ」と唸ったものである。

 この『やわらかな遺伝子』は、『ゲノムが語る23の物語』の続編といってよい内容。ただし、前作が遺伝子をめぐる興味深い話題を総花的に取り上げていたのに対し、本書はテーマを1つに絞っている。
 そのテーマとは、「遺伝子決定論者」対「環境決定論者」の、世紀を跨いだ長い論争――平たくいえば「生まれか育ちか」の論争――の総括である。

 遺伝子の研究が進むにつれ、人間の生き方や性格などがすべて遺伝子によって生まれつき決定済みであるかのようにいう「遺伝子決定論者」が多数現れた。

 他方、「生き方や人となりを決めるのは環境や生活習慣であり、遺伝子が与える影響など取るに足らない」とする研究者も少なくない(遺伝子決定論がナチズムと陸続きの「優生学」を連想させたことも、反発を招いた原因である)。

 遺伝子決定論と環境決定論がいずれも、遺伝子の影響を過大評価もしくは過小評価した極論であることは、科学者ならずとも常識でわかる。
 遺伝子ですべてが決まるわけではないが、遺伝子で決まっている部分も少なくない。「生まれか育ちか」の二者択一ではなく、「生まれも育ちも」ともに人間の生き方を決める要件なのだ。あたりまえの話である。

 とはいえ、そのことを科学的に厳密に論証するのはたいへんな難事。本書はその難事に挑戦したものといえる。
 すなわち、これまでにわかった遺伝子をめぐる膨大な知見をふまえ、遺伝子と環境がどのように人間の生き方にかかわっていくかというメカニズムを、ダイナミックに解き明かした労作なのである。

 著者は、文献を渉猟するとともに第一線の研究者たちに取材をくり返し、これまでに行われてきた「生まれか育ちか」の論争の軌跡を精緻にたどっていく。
 論争の大きな争点となったテーマごとに章が立てられ、各テーマをめぐる研究者たちの主張とやりとりが手際よくまとめられていく。たとえば、“性差を生むのは遺伝子か環境か?”、“統合失調症は遺伝病か否か?”、“双子についての研究結果は、生まれと育ちのどちらが重いことを示しているか?”などというテーマである。

 いずれも、原典の論文ははるかに難解なのだろうが、著者の文章は平明でユーモアとウィットに富み、しかも興味深いトピックが随所にちりばめられているので、楽しく読みとおすことができる。
 思わず人に教えたくなるようなトピックが、400ページ近い本文の中に山盛りである。たとえば――。

「マウスは、目が開いてから三週間暗闇で育てられると、事実上盲目のまま一生を送る。視覚系が成熟するためには、光を経験しなければならない。要するに、マウスの脳には『生まれ』も『育ち』も必要なのである」
「動物界では、一卵性双生児はめったにできない」
「ボノボ(ピグミーチンパンジー)は、ごちそうを祝ったり、諍いを終わらせたり、友情を固めたりするために性交をする」
「早いうちに離ればなれになった双子は、大きくなってから離れた双子より、共通点が多い」(※引用者注/同じ家族の中で育てられると、何かにつけて双子の差異が強調されるため、相違点のほうが際立つようになる)
「哺乳類である人間は、雄性化が起きないかぎり本来は女性である。女性が『デフォルトの性』なのだ(鳥では逆に雄がデフォルトになる)」

 原題「nature via nurture」は、「生まれは育ちを通して」の意。ここに、「生まれか育ちか」についての著者の結論が集約されている。著者によれば、遺伝子の役割は巷間思われているほど固定的なものではなく、経験によって左右されるのだという。

「あなたの脳内で発現する遺伝子のパターンは、多くの場合、時々刻々と、体外の事象に直接あるいは間接的に反応して変化している。遺伝子は経験のメカニズムなのである」「遺伝子は神ではなく、歯車なのだ」
 ――著者はそのように結論づける。邦題の『やわらかな遺伝子』とは、そうした遺伝子の柔軟性を表現したものであろう。

 従来の遺伝子決定論と環境決定論のどちらにも与しない、新たな人間観・遺伝子観を提示する1冊。複雑に入り組んだ難解な論争を腑分けし、明快に総括してみせる手際の鮮やかさに舌を巻いた。「知的興奮」とはこのような本のためにある言葉だろう。



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「やわらかな遺伝子」

遺伝子こそが、人間の心に学習や記憶、模倣、刷り込み、文化の吸収、本能の表現をさせ

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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