井上章一『アダルト・ピアノ』


アダルト・ピアノ―おじさん、ジャズにいどむ (PHP新書)アダルト・ピアノ―おじさん、ジャズにいどむ (PHP新書)
(2004/06)
井上 章一

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 井上章一著『アダルト・ピアノ/おじさん、ジャズにいどむ』(PHP新書/720円)読了。今週、著者の井上氏にインタビューをするために読んだ。

 著者は大学教授(現在は国際日本文化研究センター勤務)。独自の視点から日本文化の考察をつづけ、著作でサントリー学芸賞や芸術選奨文部大臣賞などを得てきた。
 その一方で、筋金入りの阪神ファンとして有名だったり、『ぼくたち、Hを勉強しています』なんて本(鹿島茂との対談集)を出したり、学者らしからぬユニークな著作活動でも知られている。『美人論』も話題になった。

 そして井上は、41歳のときから突然ジャズ・ピアノを習い始めた。まさに「四十の手習い」だ。
 以来8年、地道な練習と勉強を重ね、いまでは京都のライブハウスでギャラをもらってステージに立つまでになったという。

 本書は、その8年間の軌跡をつづった「ピアノ体験記」である。
 ただし、最近よくある「お父さんのためのピアノ入門」ではない。技術面についての記述はほとんどなく、「ピアノを習うおじさん」の「心情」のほうにウエイトを置いて書かれているのだ。

 そして、その心情の揺れ動きが、読者の微苦笑を誘う。なにしろ、本書をつらぬいているものは、「ピアノを弾けるようになって女性にもてたい!」というセキララな「おじさんの願望」なのだ。

 映画『カサブランカ』で、ピアニストのサムが「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」を弾いて傷心のイングリッド・バーグマンをなぐさめるシーンがある。サムはピアノを弾きながら、バーグマンのほうを見て微笑んだりする。
 井上は、いつかくるかもしれないこうしたシーン(=ピアノを弾きながら振り向き、美女に微笑みかける)のため、弾きながら「目を鍵盤からはなす訓練」や、「後方をふりむく練習」をしたりするのである。

 そのような、涙ぐましいまでの「おじさんの心情」がこと細かにつづられているのだ。「高名な学者がここまで書いていいのか?」とハラハラするほどセキララに……。

 近年、「ピアノを習うおじさん」は激増したという。
 井上の分析によれば、それはあの人気ドラマ『101回目のプロポーズ』が直接のきっかけになったとか。武田鉄矢演ずる冴えない中年男が、「四十の手習い」で覚えたショパンを弾いて浅野温子のハートを射止める有名なシーンがあるのだ。
 
 本書を読んでもピアノがうまく弾けるようにはならないが、周囲の冷たい視線にもめげずピアノをつづけているおじさんたちを勇気づけ、背中を押す効果はあるだろう。

 ユーモア・エッセイとしても上出来だから、“おじさん以外の人たち”が読んでも、きっと面白いはず。「面白い本を書くことにかけては日本で五指に入る学者」である井上の、面目躍如たる1冊だ。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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