サミュエル・ハンチントン『分断されるアメリカ』



 サミュエル・ハンチントン著、鈴木主税訳『分断されるアメリカ』(集英社/2940円)読了。

 世界的ベストセラーとなり、賛否両論を巻き起こした『文明の衝突』の著者(米ハーバード大学教授/国際政治学者)の新著。内容も『文明の衝突』の延長線上にある。西欧文明とイスラム文明の衝突は不可避であるとした『文明の衝突』が米国の外からの危機への警鐘であったのに対し、本書は米国内部、ひいては米国民の心中に起こる「文明の衝突」の危機に警鐘を鳴らすものなのである。

 原題は「Who are we?」――すなわち、「我々(アメリカ人)は何者か?」。超大国アメリカが、いま、そう問わざるを得ないほどナショナル・アイデンティティ(国民としての自己同一性認識)の危機にさらされていると、著者は言うのである。
 その危機をもたらす要因として、著者はたとえば次のような事柄を挙げる。

●米国文化に同化しようとする意識に乏しいヒスパニック(スペイン語を話すラテンアメリカ系市民)、とくにメキシコからの移民の急増によって、米国が二言語・二文化の国になりつつあること。

●「民族同士の分離や従属関係は除々に過去のものと」なり、異なる人種間の結婚も大幅に増えて、人種や民族性がアイデンティティの基盤になりにくくなったこと。

●経済のグローバル化を反映して、米エリート層の国家への帰属意識が急激に薄れつつあること。一般大衆は総じて愛国心が強いが、そのために大衆とエリート層の間には深刻な分断が生じている。たとえば、「エリートや政府の指導者は国際貿易の障壁を減らすことに賛成する主張を展開するが、アメリカの大衆は執拗に保護貿易主義者でありつづける」というふうに……。

 本書の前半で、著者は建国以来の米国史を振り返り、その特異なナショナル・アイデンティティが形成されるまでの歩みを詳細に跡づけていく。著者は、「アングロ-プロテスタント文化」こそ米国のアイデンティティの中心を成すものであり、それは南北戦争、第一次・第二次世界大戦という三つの戦争によって強化された、と言う。

 この前半は、アメリカ文化論としてなかなか面白い。
 しかし、後半はかなり反動的で、読んでいて不快であった。

 なるほど、著者が言うとおり、アメリカはWASP(白人で、アングロサクソン人種で、プロテスタントのキリスト教徒)が作った国であり、いまもエリート層の大半をWASPが占めているだろう。
 だが、だからといって、「アングロ-プロテスタント文化」だけが正統的なアメリカ文化で、それ以外は低い文化だということにはなるまい。もちろん著者もストレートにそう主張しているわけではないのだが、随所で言外にそう匂わせているのだ。

 たとえば、第9章「メキシコ移民とヒスパニック化」は、急増するメキシコ移民のことをまるで米国を侵食するウイルスであるかのように言う内容。
 “メキシコ移民は平均所得が低く、子どもたちも学力が低い。そのうえ英語を学ぼうともしない”などと、さまざまなデータを並べてまで強調するさまにウンザリした。
 だいたい、アメリカの国土の一部はメキシコから奪い取ったものなのだから、移民の大量流入という形でメキシコ人が国土を「取り戻した」としても、因果応報というものではないか。

 周知のとおり、著者の『文明の衝突』は、発表直後から学界でさまざまな批判を浴びた。その中には、たとえば次のようなものがあった。
「ハンチントンは『文明の衝突』の中でイスラム文明と中国文明を敵視するが、そこには“文化的な偽装を施したレイシズム(人種主義)”が潜んでいる」

 この批判は、本書にもそのままあてはまる。
 訳者あとがきによれば、ハンチントンは、「同姓同名の祖先が独立宣言に署名しているほどに由緒ある家柄」に生まれたWASPエリートなのだという。だからというわけでもあるまいが、この人はやはり危険なレイシストだと思う。今回の主要ターゲットは、「米国のアングロ-プロテスタント文化」を脅かすヒスパニック系移民というわけだ。

 思わず目を疑うアブナイ記述も散見される。たとえば――。
「イスラム教徒はますますアメリカを敵と見なしている。それが避けられない運命であれば、アメリカ人にとって残された唯一の道はそれを受け入れ、それに対処すべく必要な方策をとることだ」

「アメリカへのテロ攻撃がくり返され、多くの動員をともなわなければ、ナショナル・アイデンティティの顕著性と国民の結束はそれなりに高いレベルで保持できるだろう」
 危機に陥っているナショナル・アイデンティティを再び高めるためなら、多少テロ攻撃に遭うくらいはやむを得ない、とでも言いたげである。

 異なる文明・文化に対する恐怖を煽り、アメリカを「分断」させようとしているのは著者のほうではないか。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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