『ジョゼと虎と魚たち』

ジョゼと虎と魚たち ジョゼと虎と魚たち
妻夫木聡 (2006/10/20)
角川エンタテインメント

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 『ジョゼと虎と魚たち』を観た。
 
 「脚の不自由な女の子と大学生のラブストーリー」という骨子だけを断片的に知って、「お涙ちょうだい映画」なのだとばかり思っていた。それに、タイトルの印象から「スカしたオシャレ映画」なのだろうと思い込んでいた。

 その予想はいい方向に外れた。観てよかった。これは傑作。恋の始まりから終焉までをみずみずしく描いた、ラブストーリーのお手本のような映画だ。
 それでいて、クサくない。「セカチュー」や「冬ソナ」を観て「ヘソが茶ぁ沸かすわ!」と思ってしまうようなスレたあなたにも、オススメ。

 登場人物たちがあやつる関西弁と、随所にちりばめられたコテコテの笑い、舞台となる大阪の下町が醸し出す濃密な生活感……それらはいずれも、物語の骨子がもつクサさを“脱臭”する役割をよく果たしている。

 原作は田辺聖子の短編小説だから、大阪が舞台なのは当然といえば当然なのだが、これがもし舞台を東京に変えての映画化であったら、受ける印象はまったく違うものになっただろう。

 ヒロインの「ジョゼ」(でも、本名はくみ子)を演ずる池脇千鶴の大阪弁が、メチャメチャ耳に心地よい。もともと私は「女性の大阪弁フェチ」で、妻のどこに惚れたかといえばまず大阪弁に惚れたのだが(笑)、それを差し引いても、この映画の池脇は好演。

 この映画の場合、ヒロインが身障者であるという設定は、観客の涙を誘うためではなく、恋愛感情を“純粋抽出”して描くためにある。
 ジョゼはずっと祖母と2人暮しで、乳母車に乗ってする散歩だけが「外の世界」であった。だからこそ、主人公の大学生・恒夫(妻夫木聡)と恋に落ちてから「世界が変わって見える」さまがいっそう痛切で、胸に迫るのだ。

 2人で見る海がジョゼが生まれて初めて見る海であり、2人で動物園に行って見る虎が初めて見る虎なのである。

 虎の檻の前で、ジョゼが言うセリフがよい。
「いちばんコワイもんを見たかったんや。好きな男の人ができたときにこうやって……。もしできんかったら、一生本物の虎は見られへん。それでもしゃあないと思てた。けど見れた」

 よしもとばななの初期作品「うたかた」の、こんな一節を思い出した。 
「彼と言葉を交わした瞬間、突然世間に色がついて見えたので私はびっくりしていた」
 この『ジョゼと虎と魚たち』には、恋をして「世間に色がついて見え」る歓喜、恋が終焉に近づくにつれて世界が色褪せていく哀しみが、ともに見事に描かれている。 

 妻夫木演ずる恒夫が、やさしいだけでなく、弱さとずるさとあふれんばかりの性欲ももった「普通の若者」である点も好感。すこぶるリアル。

 くるりの音楽も素晴らしい。こんなにも自然に映像と溶け合った映画音楽に、久しぶりに出合った。とくに、エンドロールにかぶさるテーマ曲「ハイウェイ」のあまりのハマりぶりに、背筋がゾクゾク。


 ●以下は9月25日に追記

 田辺聖子の「ジョゼと虎と魚たち」を、図書館で借りてきて読んだ。
 映画版があまりによかったので、原作も読みたくなったのである。
 
 映画のほうがはるかによかった。

 原作の小説にも「原石の輝き」はもちろんあるけれど、映画版を「宝石」にまで磨き上げたのは脚本家と監督の功績だと思う。原作は短編だから、映画の中のエピソードの多くは原作にはないのだ。アニメ『火垂るの墓』と原作の短編小説(野坂昭如)に近い関係。

 とはいえ、映画版『ジョゼと虎と魚たち』に惚れこんだ人は、原作も読んでみるとよいと思う。あの映画がより深く理解できるから。

 原作の印象的な一節を、メモがわりに引いておこう。

 ジョゼのいうことは嘘というよりは願望で、夢で、それは現実とは別の次元に、厳然とジョゼには存在しているのだ。
               *
 大学のキャンパスで見る女の子たちはみな、すこやかな雌虎のようにたけだけしく、セクシュアルだったが、ジョゼには性の匂いはなく、旧家の蔵から盗み出してきた古い人形を運んでいるような気が、恒夫にはした。
               *
 恒夫はこれがはじめての経験ではなく、女子学生と何べんか体験はあったが、こんなこわれもののようなもろい体ははじめてだった。その日、はじめてジョゼの繊い脚を直接に見て、これも人形のような脚だと思った。しかし人形は人形なりに精巧にできていて、少なくとも女の機能はかなり図太く、したたかに、すこやかに働いているのがわかった。


 動物園の虎の檻の前でジョゼが言うあのセリフは、原作では微妙に違って、こんなふうだ。
「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。……そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」

 それにしても、今日フランソワーズ・サガンの訃報を聞いたのは、私にとってはささやかなシンクロニシティだ。というのも、「ジョゼと虎と魚たち」はサガンの小説が重要な役割を果たす作品だから。
 「ジョゼ」とは、ヒロインのくみ子(原作では「クミ子」)が愛読するサガンの小説のヒロインの名なのである。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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