ゴーストライターの仕事について

ゴーストライターゴーストライター
(2009/11/04)
柴田淳

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     ↑おお、こんなタイトルのアルバムが……。

 ネットの世界では有名らしいブログ「絵文録ことのは」(by松永秀明氏)に、「ゴーストライターとは何者か?」という記事があって、面白く読んだ。
 
 私がかつて所属していた編プロは、単行本メインの会社だった。しかも、各界の著名人を「著者」として立てるゴーストの仕事が多かった。したがって、私もライター生活1年目からゴースト仕事をやっていたのである。
 以来、ゴーストの仕事を請けなかった年はないから、あまたいるライターの中でもゴースト経験は豊富なほうだと思う。かつて「ゴーストの帝王」と呼ばれた重松清氏にも、手がけた本の数では負けていない(質はともかく)。ざっと数えても、軽く100冊以上にはなる。

 「過去に数年間、ゴーストライターとして飯を食っていたことがある」という松永氏の次のようなご意見に、私も同感だ。

 ゴーストライターを使って書いた本といっても、その本の内容のほとんどすべては、間違いなく著者の方の意見であり、見解なのである。
 確かに、文章力や構成力はその人のものではないかもしれない。しかし、私はゴーストライターとして、著者の先生の考えを本という形にトランスフォームするお手伝いをさせていただいただけだ。その本に書かれた思想や考え方やノウハウを持っていたのは、100%著者の方であって私ではない。ゴーストといわずに「口述筆記」と言えばいいのだろうか。
 だから、ゴーストライターに書かせた、というだけで悪い印象を持たれるのは、残念なことだと思う。



 ただし、松永氏のご経験にはあてはまらないゴースト仕事も、世の中にはたくさんある。
 たとえば、氏は「(本が)いくら売れても自分の収入は増えない」と書いておられるが、それは「買い取り契約」の場合であって、ゴーストでも印税契約になることは多い。ゴーストで書いた本が大ベストセラーになって印税で家を建てたという人だって少なくないのである。

 また、「著者」に取材をして聞いた話をまとめる形が多いのはたしかだが、そうではない形のゴーストもある。著者は「名前を貸すだけ」という場合もあるし、基本的な構成だけを著者が決めて内容はライターが考えるという場合もある。

 たとえば、私が22歳のときに初めて手がけたゴーストの本はビジネス書で、「著者」はとある著名な大学教授だった。内容は私を含めた3人のライターが手分けをして書き、教授が書いたのは「まえがき」だけだった。本文は一行たりとも「著者の方の意見」ではなかった(内容のチェックはしただろうが)。
 それでいて、印税の何パーセントかはその「著者」のものになった。

 ほかにも面白い裏話は山ほどあるのだが、(道義的な)守秘義務に抵触するので書けない。かわりといってはなんだが、「ゴースト業界」で語り継がれる珍エピソードを3つご紹介。


 松本伊代が深夜番組「オールナイトフジ」の司会をしていたころ、自分の「著書」を紹介する際に「私、まだ読んでないんですけどぉ」とよけいな一言をつけくわえてしまったことがある。
 横にいた片岡鶴太郎が「へ? まだ読んでないって……これ伊代ちゃんが書いた本ですよねえ?」とさも不思議そうにツッコミを入れ、返答に窮した伊代は「いいじゃん、べつにぃ!」と開き直った。

 山ほどの「著書」をもつ評論家のT村某が、自分の著作にほかの本からの盗用があったことを指摘され、謝罪したことがある。そのとき、T村某はきっとはらわた煮えくり返っていたにちがいない。
「盗用したのはオレじゃねえ、無能なゴーストライターだ。でも、オレがあやまらないわけにはいかない。ちっくしょう!」と……。

 コメディアンのビートきよしが雑誌『スコラ』に寄せたエッセイが加藤諦三の著作の盗用とわかり、物議を醸したことがある。だがそのとき、ビートきよしはあろうことか、自分のマネージャーに責任をなすりつけたのだった。
“原稿を依頼されたものの、書くヒマがなかったから、マネージャーに代筆を頼んだ。ところが、マネージャーはうかつにも既成の本をパクってしまった”というのがきよしの言い分であった。

 「たとえ実際の経緯がそうだったとしても、当のエッセイはお前の署名で掲載されたんだから、お前があやまれやヴォケ!」――テレビのワイドショーでマネージャーに頭を下げさせ、横で他人事のような顔をしていたビートきよしを、私はブラウン管のこちら側から罵倒したものである。


 なお、ゴーストというと、「自分では文章が書けない芸能人などの本を書く仕事」だと思っている人が多いかもしれない。
 これは、小さな誤解。「ホントの著作」もたくさんもっている文章のうまい人がゴーストを使う例も多いのだ。「多忙すぎて自分で本を書く時間はないが、ゴーストライターを立てる形でなら本を出してもいい」という著名人がたくさんいるからである。その場合、「著者」は取材を受ける時間と原稿をチェックする時間だけとればよいことになる。
 
 米国では、そうした形で本を出す場合、ライターの名前も堂々と表紙に入れて「共著」にすることが多いようだ。日本であまりそうした形がとられないのは、「著者のくせに自分で文章を書かないなんてケシカラン!」という見方がいまだに根強いからであろうか。

 要は、「ゴースト」という言葉の語感がよくないのだと思う。ゴーストライターという言葉を使うのをやめて、「文章化のアウトソーシング」とでも言えばよいのだ。
 文章化のアウトソーシングによって、著者が文章を書くよりもよい本になるなら(あるいは、著者が書くより効率的に作業が進むなら)、それを選択するのはビジネスとして当然なのである。

 私がつねづね不思議に思うのは、著名人を著者に立てる形ではなく、「〇〇研究会」などという架空のグループ名義で出す本が、日本の出版界には多いこと。
 たとえば雑学本の場合、「おもしろ人間研究会・編」などという名義で出されたりする。実際には1人のライターが書いたとしても、そのライターが無名の場合、ライターの著作にしたがらない版元が多いのである。

 著名人の名前を借りるというのなら、まだわかる。その著者の名前に惹かれて買う読者もいるだろうから。しかし、「おもしろ人間研究会」などというどうでもいい架空研究会の名に惹かれて買う読者が、1人でもいるだろうか?
 ライターの著書にしてやったほうが、ライターもはりきって書くだろうに……。

 なお、ゴーストは、脚本の世界にも、作詞・作曲の世界にも、果ては文学作品にも存在するらしい。大家の名前で世に出ているが、実際は無名の若手が書いたもので、「大家」はそれを少し手直ししただけ、という形のゴーストである。
 さすがに芸術作品のゴーストは御法度だろうと、私も思う。だが、その実態はけっして表には出てこない。ウワサの形で語り継がれていくのみである。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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