原リョウ『愚か者死すべし』


愚か者死すべし (ハヤカワ文庫 JA ハ 4-7)愚か者死すべし (ハヤカワ文庫 JA ハ 4-7)
(2007/12)
原 りょう

商品詳細を見る
 

 原リョウ(リョウは「寮」のうかんむりをとった字)著『愚か者死すべし』(早川書房/1600円)読了。
 伝説のハードボイルド作家がほぼ10年ぶりに発表した、話題の新作だ。

 前作『さらば長き眠り』が発表されたのは1995年1月。寡作にもほどがある。この10年間、いったいどうやって食っていたんだろう?
 せわしない我が国の出版界にあって、10年ぶりの新作が早くもベストセラー・リストの上位にのぼっているのは驚きだ。みんな、原リョウのことを忘れたりせず、辛抱強く新作を待ちつづけていたのである。

 原リョウは、西新宿に生きる私立探偵・沢崎の物語だけを書きつづけてきた。レイモンド・チャンドラーがフィリップ・マーロウの物語だけを書きつづけたように。今回の『愚か者死すべし』も、当然沢崎シリーズである。

 生島治郎から大沢在昌に至るまで、チャンドラーの影響を強く受けた日本のハードボイルド作家は枚挙にいとまがないが、本家チャンドラーに最も近づいた日本人作家は原リョウではないか。
 というと、「いや、それは矢作俊彦だろう」と異議を唱える向きもあろう。だが、矢作のハードボイルド小説にはチャンドラーのパロディ的色彩が濃いのに対し、原リョウは大真面目に「和製チャンドラー」を目指してきた印象があるのだ。

 帯やあとがきに「新・沢崎シリーズ」「第二期」といった言葉があるように、この新作はかつての沢崎シリーズとは微妙にテイストがちがう。原リョウの愛読者なら誰もがそう感じることだろう。
 沢崎は相変わらず同じ探偵事務所を構え、同じ車(ブルーバード)に乗り、同じ煙草(両切りピース)を吸っている。だが、それでもどこかがちがう。

 たとえば、銃を使った派手なアクション場面が多いし、ストーリーも、かつての沢崎シリーズに比べて大仰でけれん味たっぷりである。“政界の大物たちのスキャンダルを一手に握る旧貴族の老資産家”などという人物が重要な役割を果たしたりして、やや荒唐無稽なのだ。
 かつての沢崎のキャラが「フィリップ・マーロウ100%」だとしたら、新作の沢崎にはマイク・ハマーが10%ほど混じっている――そんな感じ。

 その変化を、エンタテインメントとしての質的向上ととらえるか、大衆迎合の堕落ととらえるかによって、評価が分かれるだろう。
 私としては、ミステリとしての骨格もしっかりあって料金分は楽しめたし、まずは合格点を上げたい。ただ、昔の沢崎シリーズのほうが渋くてよかったなあ。

 文章やダイアローグは相変わらずよく彫琢されていて、素晴らしい。
 読みにくいわけではないが、速読することを許さない文体。ディテールにいちいち細かい“フック”が仕掛けられていて、ワインでもなめるように少しずつ味わいながら読むのが心地よい文章である。
 たとえば、冒頭の一文はこうだ――。

 その年最後に、私が〈渡辺探偵事務所〉のドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折りの薄茶色のメモ用紙が、翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように落ちてきた。

 

 こういうチャンドラー流の比喩にニヤリとする人なら、読んで損はない。
関連記事

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
30位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>