『アメリカン・ビューティー』と中年クライシス


アメリカン・ビューティー [Blu-ray]アメリカン・ビューティー [Blu-ray]
(2012/07/13)
ケビン・スペイシー、アネット・ベニング 他

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 『アメリカン・ビューティー』 をDVDで観た。1999年の作品だが、いまごろ初見。

 「これは『Shall we ダンス?』の暗黒ヴァージョンだなあ」と感じた。
 いわゆる「中年クライシス」を、ロマンティックにあたたかく描いたのが『Shall we ダンス?』で、黒い笑いとアイロニーで殺伐と描いたのが『アメリカン・ビューティー』なのである。

 『Shall we ダンス?』の主人公(役所広司)は、ダンス教室の美しい教師に好意を抱き、社交ダンスに熱中することを通じて、中年クライシスを乗り越え蘇生する。
 いっぽう、『アメリカン・ビューティー』の主人公(ケビン・スペイシー)は、娘(高校生)の同級生に惚れてしまったことを契機に自分の「殻」を次々と破り、破りすぎて破滅へと突っ走る。正逆のベクトルから中年クライシスが描かれるのだ。

 河合隼雄に、ずばり『中年クライシス』という著作がある(朝日文芸文庫)。これは、日本文学の名編12編を「中年クライシス」という切り口から読み解いたものである(同様に、「映画に描かれた中年クライシス」というテーマで一本の評論が書けそうだ)。

 河合によれば、中年クライシスに最も早くから注目していた心理学者はユングだという。それは、ユングのもとを訪れる相談者の中に、財産・社会的地位などに恵まれていながら「不可解な不安」に悩まされる中年が多かったためだ。

 彼(ユング)は人生を前半と後半に分け、人生の前半が自我を確立し、社会的な地位を得て、結婚して子どもを育てるなどの課題を成し遂げるための時期とするならば、そのような一般的な尺度によって自分を位置づけた後に、自分の本来的なものは何なのか、自分は「どこから来て、どこに行くのか」という根源的な問いに答えを見いだそうと努めることによって、来るべき「死」をどのように受けいれるのか、という課題に取り組むべきである、と考えたのである。(中略)しかし、そのような大きい転回を経験するためには、相当な危機を経なければならない、というわけである(『中年クライシス』)


 河合はまた、中年クライシスが優れて現代的なテーマであることを指摘する。
 「人間五十年」の時代には、生まれてから死ぬまでに「一山越える」だけでよかった。ところが、平均寿命が伸びて「人生80年」の時代になると、死ぬ前に「二回目の山」がやってくる。“第二の思春期”ともいうべき生き方の転回点であり、それがおおむね中年期にあたるのだ、と……。

 そして、その「転回」を迎えるにあたって、「多くの人は大なり小なり抑うつ症的な傾向に悩まされ」、「今まで面白かった仕事にまったく興味を失ってしまう。あるいは、何もする気がしなくなる。そして、重いときには自殺の可能性さえ出てくる」という(前掲書)。
 近年の日本に多い中高年の自殺や、それなりの社会的地位にある中年男がブチ切れたように起こすワイセツ事件などにも、「中年クライシスによる自滅」という側面があるのかもしれない。

 私は娘の同級生に求愛するような困ったオヤジではないが(笑)、40代に足を突っ込んだ男の一人として、「中年クライシス」の問題には大いに関心があるのだ。

 なお、中年クライシスというと男性のものというイメージが強いが、『アメリカン・ビューティー』では妻(アネット・ベニング)もまた別の形で中年クライシスに直面する。いっぽう、娘は娘で「思春期クライシス」真っ只中なのである。
 傍目には恵まれて見える典型的アメリカン・ファミリーが、それぞれの「心の危機」を乗り越えられずに崩壊していくプロセスを、この映画はつぶさに描き出す。それも、深刻な社会派調ではなく、洗練されたコミカルなタッチで……。そのギャップが、悲しい歌詞を楽しげなメロディーに乗せた皮肉なポップ・ソングのようで、なんとも面白い。

 観客の予想をよい意味で裏切りつづける脚本が素晴らしい。骨子から想像していたよりもずっとよい作品であった。

 タイトルも含め、米国社会の病理に対する風刺に満ちた作品だが、ディテールをアレンジして日本版が作れそうな気もする。笑いのセンスがハリウッド映画らしくなくて、むしろ日本的なのだ。どこがどう「日本的」なのか、うまく説明できないけれど。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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