ある言葉との再会

 敬愛する小説家・宮内勝典さんの『海亀日記』(12月11日付)で、なつかしい言葉に再会した。

【引用始まり】 ---
 深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない。
【引用終わり】 ---

 1939年に38歳で世を去ったハンセン病の歌人、明石海人の遺した言葉である(歌集『白描』の序文の一節)。

 私がこの言葉に出合ったのは、1987年、編集プロダクションでライター生活の第一歩を踏み出したころ。古今東西の名言を集めた本の執筆をまかされ、都立日比谷図書館に日参して“名言集め”をしていたときのことだ。23歳だった。

 その作業は『心を強くする人生の言葉383』(日本文芸社)という本に結実したのだが、売れなかったから、いまでは国会図書館にでも行かなければ読めないだろう。それは、まあどうでもいい。

 「深海に――」は、映画監督の大島渚が座右の銘にしている言葉として知られる。私も、たしか大島に関する本の中で出合ったのだと思う。

 ライターとしての未来がまったく見えなかった23歳の私には、この言葉が自分のために用意されたかのように思えたものだ。名言集に収録するためノートに書き写したこの言葉に、鉛筆で何度も傍線を引いた。
 むろん、当時の私が感じていた閉塞感など、ハンセン病で世を去った歌人の深い絶望に比べたら、なにほどのこともないけれど……。

 この言葉が胸を打つのは、絶望の海底から身を起こし、自ら一筋の希望を作り出そうとする、明石海人の強い意志がそこにみなぎっているからだ。

 宮内さんの場合、高校の文芸部の同人誌『深海魚族』の扉に記されていたことで、この言葉に出合ったのだという。
 明石海人が世を去ってからの60年余、この言葉はそんなふうに、多くの若者を、また絶望に打ちひしがれた者たちを、鼓舞しつづけてきたのである。

 言葉を綴って禄を食む者のはしくれである以上、そのように静かな光彩を放ちつづける言葉を、一つでもよいから世に遺したいものだ。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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