アマルティア・セン『人間の安全保障』

人間の安全保障 (集英社新書)人間の安全保障 (集英社新書)
(2006/01)
アマルティア セン

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 アマルティア・セン著、東郷えりか訳『人間の安全保障』(集英社新書/680円)読了。

 アジア初のノーベル経済学賞受賞者であり、「経済学と哲学を架橋し、経済問題の検討に倫理的要素を持ち込んだ」と評価される、セン博士(米ハーバード大学教授)の小論集。数式が頻出するような経済学ではなく、センならではの「経済哲学」を展開した書である。

 センの著作は、本格的な論文形式の場合にはかなり難解なのだが、本書に収められた小論は講演をベースにしたものが多く、いずれも話し言葉で書かれているため、わかりやすい。
 本書に先んじて、同じ集英社新書からセンの講演集『貧困の克服』が刊行されているが、本書はいわばその続編だ。

 昨今の新書には粗製濫造で内容スカスカのものが多いけれど、本書は昔ながらの「新書らしい新書」という感じがする。本格的な勉強のとっかかりとして最初に読むのにふさわしい、すこぶる密度の濃い入門書的著作なのである。

 内容は多岐にわたる。
 「グローバル化」の功罪を独自の視点から問うもの、インドの核武装問題を通して平和を論ずるもの、環境問題についての基本姿勢を表明した一文など……。それらの多彩な小論に通底するテーマが、書名になっている「人間の安全保障」だ。

 従来の「国家の安全保障」は国防中心の概念であるため、各国で暮らす人々の安全には間接的にしかかかわりをもたない。対照的に、「人間の安全保障」は民衆中心の概念である。国防よりも、生活を脅かすさまざまな不安から人々を守ることを目的としているのだ。

 著者のセンは、この「人間の安全保障」について思索をつづけてきた経済学者である。少年時代に祖国インドで「ベンガル大飢饉」に遭遇した衝撃を原点に、飢饉や貧困などの解決方法を考えることを、学者としての生涯のテーマとして掲げたのだ。

 「人間の安全保障」が扱う分野は幅広い。飢餓や極度の貧困からの保護はもちろん、紛争などの直接的暴力からの保護、自然環境の保全、基礎教育の機会均等までが含まれるのだ。
 センは、そのすべてに目配りしてきた。本書と『貧困の克服』は、「人間の安全保障」の概念が含む各分野についてのセンの基本的な考えを、簡潔にまとめた内容である。

 センはたとえば、女性の識字率向上がその国の子供の死亡率を下げる傾向があることなど、実証的データに基づいて、基礎教育が「人間の安全保障」に果たす役割の大きさを説く。

 そしてまた、本書はハンチントンの『文明の衝突』に代表される西洋中心主義への批判の書としても読める。たとえば、センは「グローバル化」を「西洋化」と混同する安易な見方を、一章を割いて論破している。

 欧米社会からの視点に偏らず、貧困などに苦しむ弱者に寄り添って世界を見つめてきた経済学者アマルティア・セン。その思想の、格好の入門書だ。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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