梯久美子『散るぞ悲しき』

散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道
(2005/07/28)
梯 久美子

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 梯(かけはし)久美子著『散るぞ悲しき/硫黄島総指揮官・栗林忠道』(新潮社/1575円)読了。今年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作である。

 梯久美子――この女性ライターは只者ではないと、前から思っていた。『アエラ』の看板連載「現代の肖像」の常連執筆者なのだが、彼女が書く回はいつも絶品なのだ。脚本家の中園ミホを取り上げた回など、あまりの素晴らしさに何度も読み返したものである。
 
 これは、意外にも彼女にとっては初の著作だそうだ。
 
 太平洋戦争末期、本土防衛の最大の要衝となった硫黄島。その総指揮官として米軍を迎え撃ち、すさまじい死闘の果てに散っていった栗林忠道を主人公としたノンフィクションである。
 
 米軍は物量で圧倒的に勝り、しかも本土の日本軍は早々に硫黄島を見捨てた。栗林が率いた兵団は、初めから全滅を決定づけられていた。劣悪きわまる条件のなか、名将・栗林は、米軍すらもその知略と統率力を讃えたほどの闘いをくり広げた。
 
 本書の感想を記したブログを検索してみると、「戦記ものとしては中身が薄い」といった苦言がいくつか目についた。
 そりゃまあ、著者はとくに右がかっているわけではない40代の女性なのだから、軍事オタク/戦記オタクの目から見たら物足りない面もあるだろう。

 しかし、本書はそもそも「戦記もの」ではないと思う。
 栗林が指揮官に赴任してから最期までが描かれているし、戦況・戦略の分析も過不足なくなされてはいるが、著者の筆は栗林の人間像のほうに重点を置いている。それも、「軍神」としてではなく、優しさ・あたたかさ・繊細さに満ちた一個の人間としての栗林が描かれているのだ。

 本書の要所要所で重要な役割を果たすのが、栗林が戦地から本土の妻子に宛てた41通の手紙である。その内容はいずれも、1人の夫・父親としてのあたたかいまなざしに満ちたものであった。

 また、食べ物も飲み水も乏しい硫黄島にあって、栗林は総指揮官でありながらけっして自分を特別扱いさせなかった。

島での栗林は、毎日隅々まで歩いて陣地構築を視察し、率先して節水に努め、みずから畑を作った。自宅からの差し入れを断り、三度の食事は兵士と同じものを食べた。兵士たちの苦しみの近くにあることを、みずからに課していたのである。

 
 そうした姿勢は、最後の戦闘まで変わることがなかった。

 玉砕を覚悟した最後の出撃に際し、将軍は陣の後方で腹を切るのが当時の通例だった。しかし栗林はそれをあえて破り、みずから陣頭に立った。
 戦闘の後、敵将の敢闘ぶりに敬意を表した米軍が遺体を捜索したが、階級章を外していたため発見できなかったという。栗林は部下の兵士たちと同じく、誰のものとも分からぬ骨として島の地下に眠ることを選んだのである。


 ただし本書は、日本軍や太平洋戦争を美化する書物ではけっしてない。むしろ、栗林の将としての姿勢は、典型的日本軍人のそれとは似て非なるものだった。彼は、敵軍に向かって無謀に突撃して果てる「バンザイ突撃」を、部下にけっして許さなかったという。
 「(日本軍の)見通しの誤りと作戦の無謀を『美学』で覆い隠す欺瞞を、栗林は許せなかったのではないか」と書く著者は、その視点を栗林と共有している。

 日本軍を美化するのではなく、事実を見据えたうえで、著者は栗林を1人の「誇るべき日本人」として描き出し、深く哀惜するのだ。

 書名は、「訣別電報」に記された栗林の辞世の句からとられている。

「国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

 帝国軍人が辞世の句に、死にゆく兵士の姿を「悲しい」と書くことは異例である。とくに、2万人の兵を統率する指揮官にとっては、タブーを犯す行為であった。「悲しき」の一語には、栗林が軍部に向けたぎりぎりの抗議がこめられていた。当時の大本営は、この句を「散るぞ口惜し(くちおし)」と改竄して報道させたという。

 悲運の名将の最期は、諸葛孔明の最期を彷彿とさせる。「~散るぞ悲しき」という辞世の句は、孔明の最期を描いた「星落秋風五丈原」の哀切な旋律のようだ。

 梯久美子の筆は抑制がきいているが、それでも、涙なしに読めない場面がいくつもある。電車の中で読んではいけない本だ。

 たとえば、69歳になっていた栗林の末娘・たか子を、著者が取材する場面。その冒頭がじつによい。

 夕空はれて 秋風吹き
 月影おちて 鈴虫鳴く

 細く美しい声で、その人は歌い出した。薄化粧した頬を、涙が伝った。
「この歌を、地下壕掘りを終えた帰り道、海軍の少年兵たちが口ずさみながら歩いていたんですって。ご存じ? 硫黄島には、16歳の兵隊さんもいたんですよ」
(中略)
 まだ幼さの残る声のまま、少年兵たちは死んでいった。父の最期について語ったときも、「たこちゃんへ」ではじまる手紙が話題に上ったときも平静だった彼女が、彼らを思って泣いた。それはまるで、父の悲しみが60年近い時を超え、娘の涙となってあふれ出たかのようだった。


 うまいなあ、文章。

 そういえば、クリント・イーストウッドの監督としての次回作は、『硫黄島からの手紙』だという。その映画の中で、栗林忠道はどのように描かれるであろうか。
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コメント

デルタフォースさま

はじめまして。
梯さんの次回作を心待ちにしている一人です。

貴ブログも拝見しました。
マインドマップは、いま話題の勝間和代さんも推奨されていますね(私はよく知らないのですが)。

今後ともよろしくお願いします。
  • 2008-03-12│23:45 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
はじめまして
前原さんはじめまして、デルタフォースと申します。梯さんの情報を探していたらこのサイトを知り、お邪魔させて頂きました。プロの視点から見ても、やはり優れた書き手の方なのですね。
「散るぞ悲しき~」だけでなく、その他のレビューも興味深く読ませて頂いています、特に宋文州さんの書評は本のタイトル・書評の両面から釘付けになりました。
今後とも宜しくお願い致します。
  • 2008-03-12│08:50 |
  • デルタフォース URL
  • [edit]

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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