橋本治『蝶のゆくえ』



 橋本治著『蝶のゆくえ』(集英社文庫)読了。

 栗原裕一郎氏がツイッターで、本書収録の「ふらんだーすの犬」を次のように激推しされていたので、読んでみた。



 柴田錬三郎賞も受賞した短編集。
 表題作にあたるものはなく、『蝶のゆくえ』は収録作6編全体を曖昧に包むタイトルだ。

 6編のうち、「ふらんだーすの犬」が突出した印象を残す。これはたしかに傑作。最近も頻発している、実の母親とその内縁の夫による児童虐待死の話である。

 児童虐待を描いた小説は多いが、管見の範囲ではこの「ふらんだーすの犬」を凌駕するものはないように思う。

 何がすごいかといえば、虐待死というカタストロフに至るまでの母親と内縁の夫の心の中が、すこぶるリアルに、冷徹に描き出されていること。

 「おバカさんの内面を嘘くさくなく描くのは、知的な人を描くよりずっと難しい」と言ったのは斎藤美奈子だが(『文芸誤報』)、この2人はいわゆるDQNの典型であって、インテリたる作家にとっては内面を嘘くさくなく描くのが最も難しいタイプだろう。にもかかわらず、この小説では2人の心の動きが読者にちゃんと理解できる(共感はできないにせよ)ように描かれているのだ。

 そして、秀逸なラスト――。暗黒の物語に、「希望」とも言えないような一条の淡い光がそっと射し込み、深い余韻を残す。
 『フランダースの犬』の話が出てくるわけではないのにこのタイトルになったのは、このラストがアニメ版の有名なラストシーンを思い出させるからであろうか。

 「ふらんだーすの犬」が強烈なので、ほかの5編はわりを食って見劣りがする。
 それでも、「金魚」は秀作だと思った。フランス文学を教える大学教授の家庭が、人もうらやむ外面とは裏腹に内側はグズグズになっている様子が、息子の嫁と姑の視点を中心に描かれている。

 「ふらんだーすの犬」とは対照的な上流インテリ家庭が舞台だが、こちらもやはり心理描写が冴えている。小説家としての橋本治のレンジの広さを、この2編は示しているのだろう。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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