ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』



 ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之(やすし)訳『ホモ・デウス――テクノロジーとサピエンスの未来』(河出書房新社/上下巻各2052円)読了。書評用読書。

 世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者が、こんどはサピエンス(人類)の未来を考察した話題作。
 帯にはカズオ・イシグロ、ビル・ゲイツ、ダニエル・カーネマンという錚々たる顔ぶれが讃辞を寄せている。

■関連エントリ→ ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

 前作『サピエンス全史』よりも一段落ちる印象だが、それでも、「読んだあとには世界が変わって見える」ようなインパクトを持つ書ではある。 

 上巻は〝長い前置き〟という印象。原著は一冊なのに上下巻に分けて刊行するのは、日本の出版界の悪癖だと思う。

 〝人類が飢饉・疫病・戦争の三大災厄を事実上克服したいま、次なるステージを目指すはずだ。それは、不死と至福と神性である〟というのが、著者が第1章でぶち上げる壮大な仮説。

 「えー、そうかなァ? 私は不死になんてなりたくないし、ましてや神になりたいなんて思ったこともないぞ」と首をかしげてしまった。
 が、読み進めていくと、著者が言うのはそういうことではないとわかる。人類が取り組んできた、さまざまな病気の克服と長寿の追求――その果てにあるのは不死の追求であるし、それは言い換えれば人類を「ホモ・デウス」(=神の人)へとアップデートしようとする試みにほかならない……という意味なのだ。
 それなら、まあわかる。

 その方向性を推し進めた果てに人類を待っているものは何か? ……という話が下巻に書かれている。

 上巻はメインとなるその部分への前置きというかブリッジなので、人類史の振り返りがかなりの紙数を占めており、前著『サピエンス全史』と重複する部分もある。
 サピエンスを地球の覇者たらしめた最大の原動力は、共通の「物語」の下に大勢の人間が協力できたことだ、という話(上巻の後半で詳述される)などがそうだ。

 そして、いよいよ本題となる下巻――。
 前半の「人間至上主義革命」の章は、やや退屈。神を至上のものと見做してきた前近代が終わり、20世紀まで人間は神に代わって人間を至上のものと見做してきた、と……。そのとおりだと思うが、そのことをこんなに紙数を費やして説明する必要があったのだろうか?

 だが、最後の第3部「ホモ・サピエンスによる制御が不可能になる」に入ると、俄然面白くなる。4章からなるこの第3部こそ、本書の肝だろう。

 第3部は、つづめていえば、AIやバイオテクノロジーなどの進歩によって人間は神に近づく(不老不死に近づき、能力を高め、脳の操作で幸福感や快感が自在に味わえるようになり、他の生命をコントロールする力を得るetc.)が、その果てに「人間至上主義」が意味を失い、ホモ・サピエンスが時代の主役から外れる……という内容。
 つまり、巷にあふれるAI本のうち、「AIによる雇用破壊」などを憂える悲観的なものに近い。

 とはいえ、やはりユヴァル・ノア・ハラリだけあって、凡百のAI本に屋上屋を架すだけの本にはなっていない。驚くべき鋭い視点の考察が随所にあるのだ。

 たとえば、「AIは意識を持つことができないから人間を超えられない」とする論者が多いのに対して、著者は〝意識など必要ない。AIは意識を持たないまま人間を超えるのだ〟と言う(第9章「知能と意識の大いなる分離」)。

 また、21世紀後半には「民主主義が衰退し、消滅さえするかもしれない」という衝撃的な予測もある。

 データの量と速度が増すとともに、選挙や政党や議会のような従来の制度は廃れるかもしれない。それらが非倫理的だからではなく、データを効率的に処理できないからだ。(中略)今やテクノロジーの革命は政治のプロセスよりも速く進むので、議員も有権者もそれを制御できなくなっている。(216~217ページ)



 このように、まさに「世界が変わって見える」ような指摘が随所にある。

 私に見落としがなければ、本書に「シンギュラリティ」という語は1ヶ所しか登場しない(下巻226ページ)。
 が、この第3部の内容は、過激なシンギュラリティ論者レイ・カーツワイルの主張とかなり重なるものである。
 したがって、AIの専門家にも多いシンギュラリティ否定論者(「シンギュラリティなんかこない」「AIが人間を超えるなんてヨタ話」という立場)から見れば、大いに眉唾、噴飯ものだろう。

 私も、最終章「データ教」にはついていけないものを感じた。そこでは、人間至上主義に代わって「データ至上主義」が未来の「宗教」となり、人間が価値を失う危険性が論じられているのだ。

 ただ、上下巻とも、再読三読して味わうだけの価値がある書だと思う。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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