小田嶋隆著『上を向いてアルコール――「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社/1620円)読了。
ベテラン・コラムニストが、20年余の断酒経験を経て、「現役」のアルコール依存症患者だった時代を振り返った本。
高田渡が亡くなったとき、ブログで〝アル中をロマンティックに美化する世間の風潮〟に異を唱えた文章を書いたり、部分的に触れたことはあったが、このようにまとまった形で振り返ったのは初めてである。
言葉遊びの書名が、オダジマの初期作品(『仏の顔もサンドバッグ』など)を彷彿とさせて楽しい。
基本は「語り下ろし」(本人の語りを文章にまとめている)で作られているので、コラムにおける「オダジマ節」の魅力は希薄なのだが、それでも随所にこの人ならではの言葉の冴えが見られる。
たとえば、酒をやめたことで生じた独特の寂しさを、次のように表現するところ。
たとえばの話、私の人生に四つの部屋がある。とすると、二部屋くらいは酒の置いてある部屋だったわけで、そこに入らないことにした。だから二部屋で暮らしているような感じで、ある種人生が狭くなった。酒だけではなくて、酒に関わっていたものをまるごと自分の人生から排除するわけだから、それこそ胃を三分の二取ったとかいう人の人生と一緒で、いろいろなものが消えた気がしているのは確かです。
このような、「うまいこと言うもんだなー」と感心する箇所がちりばめられている。
語られているアル中体験はかなり壮絶なのだが、それが軽やかなユーモアと明晰な知性でシュガーコーティングされているので、面白く読める。
「明晰な知性」をとくに感じるのは、アル中時代の自らの心の動きを、過剰な思い入れを排して冷静に分析しているところ。医療者ではなく患者自らが、〝アル中心理〟にこれほど鋭いメスを入れた書物は稀有ではないか。
対談もしたという吾妻ひでおの話が、何度も出てくる。吾妻の『アル中病棟』が、自らのアル中体験を娯楽マンガに昇華した傑作であったように、本書も著者のアル中体験を上質なエッセイ集に昇華した好著といえる。
■関連エントリ→ 吾妻ひでお『失踪日記2 アル中病棟』
章間のコラムと、最後に収録された短編(小説に近い体裁)は本人が書いているのだと思うが、ここがさすがの読み応え。
発売から2ヶ月が経とうとしているいま、TOKIOの山口達也が起こした事件によって、かつてないほどアルコール依存症への注目度が高まっている。
山口は記者会見で、自分がアルコール依存症であることをかたくなに否定したが、本書にも「オレはアル中じゃない」という章がある。アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれ、当初はなかなか病識が持てないことも特徴なのである。
幸か不幸か、山口の事件によって本書にも注目が集まるだろう。
……などと他人事のように書いているが、私自身、アル中の一歩手前ぐらいまでは行った時期がある。
本書にも書かれているように、フリーランサーは家で仕事をするだけに、アルコール依存症になりやすい面があるのだ(朝から飲んでいても、咎める者は家族以外にないし)。
「他人事ではないコワさ」を感じつつ読んだ。
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