原武史著『昭和天皇』『「昭和天皇実録」を読む』(いずれも岩波新書)を読了。仕事の資料として。
ほかに、原氏の著書『知の訓練――日本にとって政治とは何か』(新潮新書)と『日本政治思想史』(放送大学テキスト)の、天皇関連の章を拾い読み。
著者は日本政治思想史の研究者で、とくに近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする。
昭和天皇に関する著作はすでに汗牛充棟だが、著者の『昭和天皇』は宮中祭祀、つまり宗教的側面に重きを置いて天皇の生涯を追っている点が特徴だ。ちなみに、本書で著者は司馬遼太郎賞を得ている。
もう一冊の『「昭和天皇実録」を読む』は、『昭和天皇』の続編。
書名のとおり、2014年に宮内庁が公開した「昭和天皇実録」を読み解き、注目すべきポイントを挙げたもの。こちらもやはり、昭和天皇と宗教の関わりに力点が置かれている。
天皇家の宗教といえば神道というイメージばかりが強いが、歴史的には必ずしもそうではなかったことがわかり、目がウロコ。
仏教の影響のほうが強い時代も長かったし、昭和天皇は一時期キリスト教――とくにカトリック――に強く傾倒したという。皇太子時代だが、ローマ教皇と会見したこともある。
私が『「昭和天皇実録」を読む』でいちばん驚いたのは、敗戦後に昭和天皇が神道からカトリックに改宗しようとしたことが明かされるくだり(第4講「退位か改宗か」)。くわしい人には常識レベルの知識なのかもしれないが、私は初めて知った。
戦時中、神道式に戦勝を祈ってきたのに、その祈りは叶わなかった。そのことを、昭和天皇は「こういう戦争になったのは、宗教心が足りなかったからだ」という言葉で表現したという。
この意味は、神道には宗教としての資格がなかったということです。天皇は折口信夫のように、神道はれっきとした宗教であり、敗戦を一つのチャンスととらえて神道を普遍宗教へと転換しようとは考えませんでした。九州でカトリックが広がりつつあるならば、自らもまたカトリックに改宗すべきではないか――こう考えることで、しっかりとした宗教としてのキリスト教、それもカトリックに天皇が改宗する可能性があったように思います。
■参考記事→ 昭和天皇とキリスト教 : クリスチャントゥデイ
戦前・戦中はもちろん、戦後においても天皇が一貫して宗教的存在であることを、改めて痛感させる本。
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