山上たつひこ『大阪弁の犬』



 山上たつひこ著『大阪弁の犬』(フリースタイル/1728円)読了。
 マンガ家・小説家の二足のわらじを履く著者の、自伝的エッセイ集である。

 マンガ家としての創作活動の舞台裏など、「マンガ史の生きた資料」としての内容を期待して手に取った。もちろんそういうエッセイもあるが、分量は全体の半分くらい。

 残りは、少年期の思い出や、いまの金沢での暮らしぶりを地元誌に連載したものなど、いかにもエッセイ然としたエッセイである。むしろ「随筆」と呼びたい感じの……。

 ただ、マンガとは直接関係のないその手のエッセイも、とてもよい。優れた小説家でもあるのだから当然だが、山上は文章がうまい。「名文家」と呼んでいい域に達している。
 印象に残った一節を引いてみよう。

 漫画家とは漫画という製品を作る小さな町工場の経営者であり、作者自身も背を丸め、製品の納期に向けて汗を流す虫のような労働者の一人なのである。漫画家の社会的地位が向上したといわれる今も作業の本質は変わらない。
 私小説作家が自己をなぞり懊悩を語る。しかしなあ、とぼくは泣き笑いの表情になる。太宰治がもし漫画家だったら、「生まれて、すみません」などとうそぶく前に「もう十分だけ寝かせてくれ」と言ったに違いない。
 一週間の平均睡眠時間が三十分と少し。一度あの眠さ、徹夜の辛さを体験してみなさいよ。懊悩も何も、あなた。(「あの頃ぼくは眠かった」より)



 マンガ・ネタのエッセイでは、山上がデビュー前、大阪の「日の丸文庫」で貸本漫画の編集者をしていたころのことを書いた一連の文章が、とくに面白い。貸本漫画末期の様相をヴィヴィッドに伝える、貴重な資料でもある。

 『喜劇新思想大系』や『がきデカ』などの舞台裏を綴ったエッセイも読み応えがあり、マンガ家・山上たつひこのファンなら必読の一冊になっている。

■関連エントリ 
山上たつひこ『追憶の夜』
山上たつひこ『天気晴朗なれども日は高し』ほか

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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