小谷野敦『純文学とは何か』



 小谷野敦著『純文学とは何か』(中公新書ラクレ/864円)読了。

 純文学の定義をめぐる論争のたぐいは、過去の文壇にもあった。が、「純文学とは何か」という問いに一冊丸ごと費やして答えるこのような一般書は、ありそうでなかったと思う。

 しかも、「古今東西すべての広い意味での文藝について、一応の位置づけをしたい」(「はじめに」)との企図から書かれた本であり、扱う範囲が広く網羅的である。
 戦後日本文学のみを対象とした狭い議論になりそうなテーマを扱いながら、海外の状況に触れ、『源氏物語』などの古典を俎上に載せ、果ては映画やマンガ、音楽などにおける「純文学」についてまで言及しているのだ。

 比較文学者で、小説の実作者でもある著者ならではの、よい仕事だと思う。

 蒙を啓かれる卓見も、随所にある。私が付箋を打った箇所を引用しておく。

 どうやら、実在の人物を描いた歴史小説の数は日本が圧倒的に多く、そのことは、海外には「純/通俗」の区別がないという俗説が形成される一因をなしていると言えるだろう。海外では、通俗小説は、推理小説とその変形の冒険小説、ロマンスが一般的で、歴史・時代小説があまりないのである。



 「黒人問題」などのまじめな主題を扱っているから純文学だ、というのは、学生などがよくやる過ちで、たとえば南北戦争の一因をなしたとされるストウ夫人のベストセラー『アンクル・トムの小屋』(一八五二)は、通俗小説とされている。お涙ちょうだいだからである。
 近代の「純文学」は、人間の醜い面をシニカルに描くというのが基本線なので、「人情」を熱く語った小説は「通俗」にされるのである。



 帯に引用されている柳本光晴のマンガ『響 ~小説家になる方法~』の人気(実写映画化も決まったそうだ)が、本書を生んだ一つのきっかけなのかも。
 ちなみに、本文にも一ヶ所だけ『響』への言及がある。
 
 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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