小谷野敦『芥川賞の偏差値』



 小谷野敦著『芥川賞の偏差値』(二見書房/1620円)読了。

 1935年の第1回から今年1月の最新156回まで、芥川賞の歴代全受賞作(164作)を俎上に載せ、「偏差値」の形で点数をつけ、批評した一冊。

 現代日本の作家の作品に点数をつけて評価した類書に、福田和也の『作家の値うち』(2000年)がある。
 本書は、芥川賞作品に的を絞り、しかも著者自身が芥川賞候補に2度のぼった実作者でもある点で、『作家の値うち』とは異なる価値を持つ。
 
 「受賞作なし」の回についても候補作などが紹介され、著者の評価が示される。また、長文の「まえがき」で芥川賞の成立事情をくわしく綴るなど、簡便な「芥川賞事典」としても読める構成になっている。

 私自身が読んだことのない受賞作もけっこうあるが(1940年代までのものはほとんど読んでいない)、読んだ作品についての評価は著者とかなり違う(同意できる評価も多いが)。
 畑山博の『いつか汽笛を鳴らして』、長嶋有の『猛スピードで母は』、池澤夏樹の『スティル・ライフ』、髙樹のぶ子の『光抱く友よ』、南木佳士の『ダイヤモンドダスト』、北杜夫の『夜と霧の隅で』など、私の好きな受賞作の評価が軒並み低く、ちょっと悲しくなった。

 が、それはそれとして、著者の歯に衣着せぬ作品・作家評は総じて痛快で、一気読み。

 嫉妬心など、自分の心のネガティブな部分を隠そうともせず、赤裸々に書いてしまうのがこの著者のすごさで、それは本書でも十全に発揮されている。
 たとえば、自作が候補になり落選した回の受賞作「九年前の祈り」(小野正嗣)についての文章は、次のように結ばれている。

 小野は受賞作としては売れず、その後出したのも売れていないようだ。ざまあ見ろ。



 かつて筒井康隆は、直木賞に落選した私怨を、直木賞(作中では「直廾賞」)の選考委員全員を主人公が惨殺する傑作小説『大いなる助走』で晴らした。
 本書は、“小谷野敦にとっての『大いなる助走』”として書かれたのかもしれない。

 卓見や痛烈な皮肉など、読みどころも随所にある。たとえば――。

 世間で「カルチャーショック」などと言われているものの大半は、その正体は単なる言語的障壁だと私は思っているが、言語藝術である文学が、そういうものをちゃんと書いてこなかったのは不思議である(私の「鴎たちのヴァンクーヴァー」には書いてある)。李良枝の「由熙」も、そこのところを描いているから名作なのである。



 作家は、自分の親について書いた時にひとつ山を越える、という気がする。



 大学の文学研究者などには、いかに一般世間が「文学」などどうでもいいと思っているか理解していない者が多く、「大学の文系学部の一部廃止」とかに反論しているが、これは別に悪辣な政治家が考えているのではなく、一般世間がそんなもの要らないと考えているのだ。



 もし、芥川賞をとる秘訣はと問われたら、といっても、そもそも候補になること自体が難しい場合もあるのだが、それは措いて、
「退屈であること」
 がまず第一にあげられるだろう。ただし、いかにもうまいという風に書いて、かつ退屈であることが重要なのである。



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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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