峯島正行『回想 私の手塚治虫』


 
 峯島正行著『回想 私の手塚治虫――「週刊漫画サンデー」初代編集長が明かす、大人向け手塚マンガの裏舞台 』(山川出版社/2160円)読了。書評用読書。

 『週刊漫画サンデー』は、『少年サンデー』の小学館とは関係ない、実業之日本社から出ていたマンガ誌(すでに休刊)。いわゆる「マンサン」である。
 その創刊編集長であった著者が、同誌に多くの作品を発表した手塚治虫との思い出を綴ったもの。

 著者は、本書の最終編集段階にあった昨年11月、90歳で亡くなったという。
 そのような経緯を知るとケチもつけにくいのだが、あまり面白くなかった。

 いや、けっして悪い本ではないのだ。
 しかし、手塚治虫の逝去から30年近くを経て、ありとあらゆる「手塚本」が汗牛充棟のいま、その中で上位に位置するようなものではないと思う。

 「手塚本」がごまんとある(身もフタもないことを言えば、「手塚本」以外のマンガ家本は売れない)からには、よほど斬新な切り口で迫らないかぎり、屋上屋を架すだけになってしまう。
 本書の新しい切り口は何かといえば、手塚の「大人マンガ」への挑戦に的を絞っていることだ。

 「大人マンガ」といってもよくわからないだろう。
 これはかつて、少年マンガ・青年マンガ・劇画などという区分が未分化だった時代、マンガ一般が「児童マンガ」と呼ばれていたことから、それに対する呼称として生まれた言葉。子ども向けではない風刺マンガなどを総称して「大人マンガ」と呼んだのだ。

 「児童マンガ」の世界に王者として君臨していた手塚治虫が、昭和40年代、「大人マンガ」の世界で初めて本格的なストーリーマンガに挑戦したその舞台が『漫画サンデー』であり、著者はその挑戦を間近に見つめた伴走者であった。
 『漫画サンデー』から生まれた手塚の「大人マンガ」としては、『人間ども集まれ!』、『上を下へのジレッタ』、『一輝まんだら』(未完)などがある。

 その時期の舞台裏が綴られているという点で、本書はマンガ史の貴重な資料と言える。
 とくに、手塚もその一員となった「漫画集団」(大人マンガの作者が中心となったマンガ家団体)とのかかわりが詳細にたどられている点は、他の「手塚本」には見られない独自性と言える。

 ただ、本書には次のような瑕疵があると思った。

 第一に、「漫画集団」内の大物マンガ家であった横山隆一、馬場のぼる、小島功らについて、必要以上にくわしく書きすぎ。「これでは『手塚本』ではなく、漫画集団の本だ」と思ってしまった。

 第二に、本書後半は手塚のアニメへの挑戦と「虫プロ」の興亡についての記述がメインとなるが、そのような構成にする必然性がまったく見えない。

 虫プロ時代については、『虫プロ興亡記』(山本暎一)などの優れた書物がすでにあるし、著者はそのへんのことを直接見聞きしたわけではないから、既成の本の引用と再構成によるしかない。要は、おもな「手塚本」をすでに読んでいる者にとっては“知ってる話”ばかりなのだ。

 著者自身の手塚との思い出だけでは一冊にならなかったのなら、後半は『漫画サンデー』以外に載った手塚の大人向けストーリーマンガ(『陽だまりの樹』や『アドルフに告ぐ』など)の紹介・分析に充てるべきだった。
 そうすれば、「大人向けマンガの描き手としての手塚治虫」について、体系的に論じた本になり得ただろう。

 なお、最終章「小林一三の恩恵」は、阪急電鉄創業者にして宝塚歌劇の生みの親である小林一三が、手塚の作品世界にいかに大きな影響を与えたかが論じられており、読み応えがある。
 しかしこれとて、桜井哲夫が『手塚治虫――時代と切り結ぶ表現者』(講談社現代新書/1990年)の「宝塚という不思議な空間」の章ですでにくわしく論じていることであり、著者の独創とは言えない。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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