中村うさぎ『あとは死ぬだけ』



 中村うさぎ著『あとは死ぬだけ』(太田出版/1512円)読了。

 『私という病』『愛という病』など、一連の自己分析エッセイの流れを汲む著作にして、その到達点ともいうべき一冊。
 死の淵を覗く大病を経験し、片脚が麻痺して仕事も激減したという中村うさぎが、「読者に宛てた私の思考と言葉の形見分け」(「終りに」)として書いた渾身のエッセイ集だ。

■関連エントリ
中村うさぎ『私という病』
中村うさぎ『愛という病』

 著者は生い立ちから現在までの人生を順に振り返り、練達の外科医のメスさばきのごとき自己分析で、自らの心奥をザクザクと「腑分け」していく。

 熟女デリヘルで働いた経験を振り返った章が『私という病』の焼き直しであるなど、過去のエッセイ集と内容がかぶる部分もある。が、中村うさぎの集大成の書である以上、ある程度の重複はやむを得まい。

 エッセイとしては前作に当たる『他者という病』は、闘病とテレビ番組降板騒動の直後に書かれたものであり、パニクった感じが痛々しかった。どんな体験も笑いに昇華してみせる、いつもの中村うさぎではなかったのだ。

 それに対して本書は、やっと持ち前の客観性(=中村の言葉で言う「自分ツッコミ」)を取り戻し、闘病体験も番組降板も冷静に振り返っている。
 本の性質上、笑いの要素は希薄だが、哲学的といってもよい自己分析の鋭さと深みは、この人ならではだ。

 印象に残った一節を引く。

 あなたの過剰さ、あなたの欠落は、あなた独自の「歪み」を生む。私の読者は己の歪みに苦しむ人々だ。だが、その歪みは矯正されない。矯正する必要もない。歪みはあなた自身だ。歪んで生きろ! それが私からのメッセージである。
 ただし、その歪みと手を取り合って生きるには、自らの歪みを自覚し、それを嗤う強さを持たねばならない。でないと、ただただ苦しいだけだ。そして、己の歪みを嗤うために必要なのが、これまでくどくどしく述べてきた「自虐スキル」であり「ツッコミ小人」なのである。
 自分ツッコミのない人間は不幸だ。いや、ある意味、自分の歪みに無自覚であるという点では幸せかもしれないが、それでも私はそれを不幸と感じる。



 平気で嘘をつける人にはわからないと思うが、私は「自分を偽る」ことにものすごい罪悪感があるのだ。売春に対する罪悪感など、それに比べれば屁のようなものだ。
(中略)
 世間と自分の価値観がズレていると感じるのは、こういう時だ。世間の人々は平然と嘘をついたり隠し事をしたりするのに、売春やセックスワークを根拠もなく罪悪視する。だが私にとっては、自分の身体を売ることなんて罪悪でもなんでもなく、むしろ嘘をついたり人を欺いたりすることのほうが大きな「罪」なのだ。だから私は、セックスワーカーよりもキャバ嬢のような色恋ワーカーのほうが苦手である。彼女たちの仕事は「嘘をつくこと」だからだ。色恋は嘘だから、最終的に相手を傷つける。だがセックスだけを売っている限りは、相手を傷つけることもない。どちらが「罪悪」なのかは、きわめて明白な気がする。犠牲者や被害者を生む行為こそが「罪悪」なのではないか。



 無駄だらけの人生だったが、それなりに私には意味のある人生だった。私の思考や言葉が誰にも何も伝えず、跡形もなく消え去るものであったとしても、少なくとも私にとっては意味があったのだ。そして、本人にとって意味のある人生だったなら、それで充分なのではないか?



 とくに、最後の「本人にとって意味のある人生だったなら、それで充分なのではないか?」は、さりげない言葉のようでいて、なかなか深いと思う。この言葉だけで、さまざまな悩みや悔いが瞬時に雲散霧消するような凄みがある。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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