村上宣寛『あざむかれる知性』



 村上宣寛(よしひろ)著『あざむかれる知性――本や論文はどこまで正しいか』(ちくま新書/864円)読了。

 この著者の本は、以前取り上げた『心理学で何がわかるか』が面白かった。心理学者(現・富山大学名誉教授)だが、本書は心理学のみならず科学全般に目を向けたものである。

 タイトルだけ見ると、どんな本なのかさっぱりわからない。副題の「本や論文はどこまで正しいか」のほうが、よく内容を表している。

 我々シロウトはとかく、研究者が書いた論文というとそれだけで恐れ入ってしまい、「科学的に正しい内容だ」と思い込んでしまいがちだ。しかし実際には、次のような現状があると著者は言う。

 真面目な研究者の科学論文でさえ、さまざまなバイアスから自由ではない。
 研究論文は星の数ほどある。実証科学では、ある特定の仮説を支持する研究が一◯◯%ということはあり得ない。支持する研究はあるが、支持しない研究もある。ウェブや書物の科学記事の大部分は、自分の意見に沿う研究のみを取り上げ、他を無視するという方法で書かれている。つまりは、つまみ食い的評論で、自分の意見を科学的に装っているだけである。無料で読める記事はそれなりの内容である。結局、記事の大部分は疑似科学にすぎない。



 では、ゴミ論文と優れた論文、誤った知識と正しい知識を見分けるにはどうすればよいか? そのための有効な方法として、複数の論文を「メタ分析」という統計技法で評価した「システマティック・レビュー」を基準とすることが挙げられている。

 本書は、第Ⅰ部「真実を知るには」で、バイアスのかかった論文が量産されてしまう背景と、研究の価値・質を決める基準について説明する。
 そして、第Ⅱ部「どこまで本当なのか」は、システマティック・レビューを用いて研究の質を測るやり方の実践編となっている。
 ダイエットの方法・健康で長生きする方法・ビジネス書に説かれる仕事術・幸福になる方法という4つのテーマを取り上げ、各分野の一般書がいかにいいかげんな根拠で書かれているかを、それぞれ一章を割いて暴いていくのだ。

 第Ⅱ部の4つの章のうち、ダイエット・健康長寿・ビジネス書を取り上げた章は、いずれもすこぶる痛快。
 巷のダイエット本や健康本などのどこがおかしいかを簡潔明瞭に指摘したうえで、真に有効なダイエットや健康法を抽出しており、本書一冊さえあればダイエット本も健康本もいらないような気もする(ただし、本書に説かれるダイエット法や健康法はあまりにもあたりまえのことなので、面白みはない)。

 ビジネス書を取り上げた章では、30分程度の採用面接で相手の仕事適性を見抜くのは不可能であること、すなわち採用面接は無意味であることが論証されている。
 「面接の妥当性は低いので、人を見て選ぶより、見ないで選ぶ(引用者注/学力検査などだけで選ぶという意味)方が合理的である」という一節に爆笑した。

 ただ、「幸福になる方法」を取り上げた章、つまりポジティブ心理学の研究成果について評価した章だけは、やや切れ味が悪いと感じた。

 ポジティブ心理学は、幸福感を最大化するよう果敢に挑戦したが、成果は非常に限定的である。ポジティブ心理学は人々の希望に沿うような主張をしたので、大衆的人気は獲得した。しかし、エビデンスは乏しく、すべては希望的観測に彩られている。



 ……と著者は言うのだが、「エビデンスは乏しく」というのは、目に見えない心を扱う心理学そのものが宿命的に孕む弱点なのではないか。著者がポジティブ心理学自体を擬似科学扱いするのは、ちょっと行き過ぎだと思った。
 たしかに、「ポジティブ・シンキングでガンが治る」みたいなことを言う「ポジティブ健康学」にまで至ると、それは疑似科学だろうが。

 とはいえ、面白くてためになる本には違いない。もっと評判になり、売れてしかるべき本だと思う。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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