松下竜一『底ぬけビンボー暮らし』



 松下竜一著『松下竜一 その仕事〈10〉底ぬけビンボー暮らし』(筑摩書房)読了。

 先日柳美里さんの『貧乏の神様』を読んだとき、「そういえば、松下竜一が売れない物書きとしての困窮ぶりを綴ったエッセイ集があったな」と本書のことを思い出し、手を伸ばしてみたしだい。

 自らが発行人であった月刊ミニコミ誌「草の根通信」に連載したエッセイの、1990年代前半分をまとめたもの。
 『ルイズ―― 父に貰いし名は』で講談社ノンフィクション賞を受賞し、テレビドラマ化された作品(『豆腐屋の四季』)もある有名作家でありながら、年収は200万円前後という困窮ぶりが明かされている。その点でも、「芥川賞作家困窮生活記」と副題された『貧乏の神様』に近い。

 印象的なビンボー・エピソードがちりばめられている。
 たとえば、日本文藝家協会から入会の勧誘がきたとき、入会金5万円・初年度会費2万円の計7万円がとても払えないと、松下は断ってしまう。
 また、次のような赤裸々な記述も随所にある。

 昨年末に受け取った『母よ、生きるべし』の印税八◯万円を一応今年の収入として、それ以外に当てにできる大きな収入はまったくないということだ。
 というのも、今年中に出版できそうな本が一冊もないのだから当然のなりゆきというしかない。これまでに何も書けてないし、これから書けたとしても今年の出版ということにはなるまい。



 それでも、「貧乏」ならぬ「ビンボー」というタイトルが示すように、悲愴感はまったくない。あたたかく、ユーモラスなビンボー生活。次のような、微苦笑を誘う一節も多い。

 ちかごろ「清貧の思想」なるものがもてはやされているそうだが、それにしては現に貧しく生きている松下センセがなんの脚光も浴びないのはいったいどうしたことだろうか。(中略)思想としての清貧はもてはやすが、現実に貧しく生きている作家には眼が向かないらしい。



 貧乏を少しも苦にしない糟糠の妻と毎日散歩し、海岸でカモメにパンを与えることが何よりの楽しみだという生活は、「お金のかからない幸せ」のお手本のようだ。

 何より、ビンボーしていても作家としての矜持を失わないところが、読んでいてすがすがしい。

 不安や焦りがないといえば嘘になるが、もとより作家などという稼業は、“書けないときにも耐えうる精神”がなければやっていけるものではないのだ。たとえ実態は失業者であろうとも、散歩を愉しむ精神を喪わぬ限り松下センセは作家なのである。



 反権力の作家でありながら、声高に社会正義を訴えるようなサヨ的気負いが感じられない点も好ましい。

 それに、本書の解説で山口泉が言うとおり、松下竜一はビンボー作家ではあっても、「『作家』としては、稀に見る厚遇を受け続けてきた存在」でもあるのだ。このような、全30巻もの立派な全集まで編んでもらえたのだから……。 

■関連エントリ→ 松下竜一『暗闇に耐える思想』

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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