四方田犬彦『犬たちの肖像』



 昨日は、取材で京都へ――。

 帰途、東京駅に着いてから銀座まで足を伸ばし、知り合いの写真家・宍戸清孝さんの写真展「21世紀への帰還 第6弾」 (「ニコンサロン」で25日まで開催中)を観た。

 それにしても、京都も銀座も道行く人が外国人だらけで驚かされる。体感的には、日本語よりも中国語などのほうがたくさん飛び交っている感じなのだ。


 行き帰りの新幹線で、四方田犬彦著『犬たちの肖像』(集英社/1944円)を読了。

 博覧強記の比較文学者であり、無類の犬好きでもある著者が、古今の文学(および映画・マンガ・写真)に描かれた犬たちについて、縦横無尽に綴った薫り高い連作エッセイ。

 馬琴の『南総里見八犬伝』における犬を論じ、川端康成と谷崎潤一郎という愛犬家の文豪2人(谷崎が愛犬家でもあったとは意外)の犬との向き合い方の差異を論ずる(※)。
 シートンとジャック・ロンドンという2人の動物物語作家の、犬の描き方の違いを比較する。
 かと思えば、『のらくろ』と『タンタン』(に出てくる犬のミルー)を比較した、「東西名犬対決」という息抜きの章があったりする。

※川端康成の犬に対する愛玩ぶりは、かなり不気味。彼は「犬を飼ふにも、処女性は尊ぶべきものである」と書いている。つまり、他人が飼っていた犬を譲り受けるのではなく、生まれたときから飼うのでなければイヤだ、というのだ。飼い犬の「処女性」って……。さすが、横綱級ヘンタイ小説「眠れる美女」を書いた人だけのことはある(笑)。

 各章に趣向が凝らされ、著者の多分野にわたる該博な知識が随所にあふれ、読者を圧倒する。

 作家などによる、亡き愛犬についての作品を集めて論じた「文学的ジャンルとしての、犬の追悼」の章は、涙なしに読めない。
 ほかの章は泣けるという感じではないが、犬好きならたまらなく面白い本である。

 人が犬を飼い、人生の友とすることの意味を、さまざまな角度から深堀りした珠玉の名文集。表現論(文学論・詩論・写真論・映画論等)としても、ただならぬクオリティを備えている。

 印象に残った一節を引く。

 犬に名前を与えるという行為は、犬を人間の側に近づけ、人間化を施すことである。ペットとして飼われるようになったとき、犬は純粋な動物であることをやめ、動物と人間との混合物へと姿を変える(「犬をどう名付けるか」)



 あまたの動物たちのなかで、犬こそがもっとも聡明で、もっとも哲学的であるという考えは、洋の東西を問わず、古代から広く知られていた。プラトンの『国家』は、犬を社会の理想的な守護者として賞賛している。犬の忠実さと謙虚さへの信頼は、カトリックのドミニコ修道院が、ラテン語のdomin canis、つまり「神の犬」という語に基づいて命名されたと、中世に信じられてきたことからもわかる(「密談ピカレスク――セルバンテスとホフマン」)



 他に類を見ない、犬たちへの“文学的讃歌”である。

■関連エントリ→ 四方田犬彦『人間を守る読書』

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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