矢作俊彦『フィルムノワール/黒色影片』


フィルムノワール/黒色影片フィルムノワール/黒色影片
(2014/11/29)
矢作 俊彦

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 矢作俊彦著『フィルムノワール/黒色影片』(新潮社/2484円)読了。

 『THE WRONG GOODBYE  ロング・グッドバイ』(2004)以来、じつに10年ぶりに刊行された「二村(ふたむら)永爾シリーズ」の新作。600ページ近い大作だ。

■関連エントリ→ 矢作俊彦『THE WRONG GOODBYE』レビュー

 『リンゴォ・キッドの休日』(1978)、『真夜中へもう一歩』(1985)、『THE WRONG GOODBYE  ロング・グッドバイ』につづく第4作。短くて数年、長いと10数年も次作を待たされる、なんとも気長なシリーズなのだ。

 神奈川県警の刑事・二村永爾を主人公に、横浜を舞台にしたハードボイルド・ミステリ――というのがこのシリーズだったのだが、本作では二村は刑事を辞めており、県警の嘱託として捜査を手伝う形で登場する。しかも、舞台は序盤とラストこそ横浜だが、あとは大部分が香港だ。

 神奈川県警の嘱託・二村永爾は、1本の映画フィルムの行方を追い、香港へ飛んだ。ある殺し屋がモデルとなった映画だった。この幻の作品を巡って、次々と発生する殺人事件。そして二村の前に現われた気高き女優と、謎の映画プロデューサー。日本、中国、香港、複雑な過去と現在が交錯する。日活百年記念、宍戸錠も実名で登場!

 

 ……というのが、版元による紹介。見てのとおり、日本と香港の映画界が主な舞台。日本の小説家きってのシネフィル(映画狂)である矢作が、二村シリーズで初めて映画愛を全開にした作品なのだ。

 シネフィルというより、矢作は元々映画が作りたくて、シナリオのつもりで作品を書き始めたのだという。
 それを読んだ友人が「これはどう見てもシナリオじゃない。小説だ」と言い、『ミステリマガジン』の編集長を紹介されて作家デビューに至ったとか(この対談に出てくる話。ちなみに、この対談は矢作節全開ですごく面白い)。

 作家デビュー後も、Vシネマながら2本の長編映画(『神様のピンチヒッター』と『ザ・ギャンブラー』)を監督しているし、日活アクション映画のグラフィティ『AGAIN/アゲイン』も作った。

 日本には映画監督から作家に転身した高橋治の例もあるが、そういう例外を除けば、文壇最強のシネフィルといえよう。
 そんな矢作が書いた、映画好きのためのハードボイルド・ミステリが本作なのだ。

 新潮社のPR誌『波』に、矢作と宍戸錠の刊行記念対談が掲載されていた。
 それによると、この作品は、かつての『AGAIN/アゲイン』では予算の都合でできなかったことを、紙上で実現しようとした「リベンジみたいなもの」だという。

 つまり、日活映画の名場面と名台詞を使い、それらを全部並べて、ひとつの小説をつくる、という作品。映画ではやりきれないものが、小説ならばできるだろう、と。



 なるほど。そう言われてみるとよくわかる。
 日活アクションではヤマを踏んだ主人公が「身をかわす」先は香港と相場が決まっていたし、本作には随所に日活アクションへのオマージュが埋め込まれている。
 本人として登場する宍戸錠のほか、重要なキャラとして渡哲也も登場(こちらは本人ではなく、彼が日活アクションで演じたヒーロー・杉浦五郎が蘇った形で)するのだ。

 矢作がかつて原作を書いた劇画『ハード・オン』(平野仁・画/これも傑作)も、日活アクションのパロディのような作品だった。今回はそれを小説の形でやったわけだ。

 遊び心満載の作品であり、映画好き、とくに日活アクション好きならニヤリとするくすぐりが山盛りだ。
 全編「わかる奴にだけわかればいい」というスタンスで書かれており、親切な説明は一切なし。ストーリーも錯綜し、人間関係も複雑で、わかりやすさとはほど遠い作品になっている。

 それでもいいのだ。これは一回読んで「あー面白かった」と読み捨てられるべき作品ではなく、チャンドラーの諸作のようにディテールをくり返し玩味すべき小説なのだから……。

 私は二村シリーズでは『THE WRONG GOODBYE  ロング・グッドバイ』がいちばん好きだが、本作もなかなかのもの。
 矢作自身が「今まで書いたなかでもっとも探偵小説らしいものになってます」と(前掲の対談で)言うとおり、絵に描いたようなハードボイルド探偵小説のスタイルの中に、洒脱な遊びがぎっしり詰め込まれた好編である。

 映画愛に満ちた、メモしておきたいようなセリフや一節も多い。たとえば――。

「買収されない男と売春しない女は、この世に存在しないからね。ただ人によって値段が違うだけだ」
「誰の台詞だ?」
「俺の台詞さ。俺が、いつか作る映画の」



 香港の夜を発明したやつにアカデミー賞をやらなければいけない。



「どれほどバカな夢でも、夢は捨てちゃいけないんです。百万本の映画が百万回繰り返し教えている。映画のいいところは、そこだけだ。何しろ、人生は夢と同じものからできてるそうだから」



 江口寿史のカバーイラストもいい感じだ(江口はこれまでにも、『真夜中へもう一歩』の単行本や、矢作の『さまよう薔薇のように』のカバーイラストを手がけている)。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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