西村賢太『疒(やまいだれ)の歌』


(やまいだれ)の歌(やまいだれ)の歌
(2014/07/31)
西村 賢太

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 西村賢太著『疒(やまいだれ)の歌』(新潮社/1620円)読了。

 西村にとって初の長編小説である。
 とはいえ、私小説である以上、これまでの短編群と本質的な差異があるわけではない。

 北町貫多(西村の分身)十九歳の日々を描いている。
 『二度はゆけぬ町の地図』所収の数編など、十代の北町貫多を描いた一連の作品は、どれもある種の青春小説であるわけだが、本作はその中でも際立って「青春小説」然としている。作中に、「自分にだって青春の果実の一片を囓る権利がある」という貫多の切ないモノローグが出てくるように……。

 肉体労働のバイトに汗を流し、そこで知り合った仲間と酒を酌み交わし、同い年の若い女事務員にほのかな恋心を抱き……と、描かれた出来事の骨子を並べてみれば、オーソドックスな青春小説そのものではないか。

 だが、北町貫多の青春が、普通の青春小説のように甘酸っぱいものになるはずがない。

 バイト先の小さな造園会社のアットホームな雰囲気のなか、貫多は時折、それまでのすさんだ暮らしでは得られなかった喜びを感じる。

 “チームワーク”と云う、これまでの彼の人生にはまったく縁のなかったものに、この職場では自分もそれを形成する一員と云う風に言ってもらえたことが、何かひどくうれしくもあった。



 ……と、なんでもないことに喜ぶ貫多の様子は、なかなか胸に迫る。

 だが、宿痾のごとき酒席での暴言によって、せっかく得た平穏な日々は、もろくも崩壊していく。と同時に、貫多の片恋も包丁で断ち切るようにあっさり終焉を迎える。
 その「崩壊」のさまがクライマックスに置かれた本作は、要するに「いつもの西村節」である。

 ただ、これまでなら短編一編に凝縮されて描かれていた出来事が、長編でゆったりと描かれているだけに、その分ディテールが濃密になっていて、楽しめる。

 たとえば、貫多が一人侘びしく居室で晩酌をする場面などは、それだけでなかなか味わい深く、読ませる。
 こんなどうでもいいことを長々と描いて読者を退屈させないのだから、西村の小説家としての力量はやはり大したものだと思う。

 青春小説的側面が強い分だけ、いつもの西村作品よりも笑いの要素は抑えぎみだ。それでも、思わず爆笑してしまう場面やフレーズが随所にある。
 
 たとえば、片恋相手の事務員に対する貫多の自意識過剰ぶりと、彼がくり広げる中二病的妄想の数々には、哀しさスレスレの滑稽味が漂う。
 また、古めかしい文体の中に、「根がムーディー趣味にもできてる」などと、ふいに外来語が挿し挟まれるあたり、練達のドラマーのフィルインのような絶妙のアクセントとなって、笑いを誘う。

 物語の終盤で、貫多は田中英光の私小説と運命的な出合いを果たし、英光の作品に救いを見出していく。そして、藤澤清造の名を初めて知る。つまり、作家・西村賢太の原点が描かれた作品でもあるのだ。

 「十代の北町貫多もの」の、現時点での集大成と言える力作。

■ 関連エントリ→ 西村賢太『二度はゆけぬ町の地図』レビュー

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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