内田樹『街場の共同体論』


街場の共同体論街場の共同体論
(2014/06/05)
内田樹

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 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、内田樹著『街場の共同体論』(潮出版社/1296円)を読了。版元の担当編集氏よりご恵投いただいたもの。

 『潮』に断続的に掲載されてきたインタビューをまとめたもの。ただし、単行本化にあたって全面改稿が施されており、掲載時の内容とはかなり違ったものになっている。

 インタビューがベースなので平明な話し言葉で書かれており、読みやすい。

 内容は、教育論・家族論・コミュニケーション論・地域共同体論・師弟論など。
 多彩なテーマなので、「共同体論」という大雑把なくくりにするしかなかったということか。

 各章とも、軸になっている主張には、旧著の焼き直し的な面が強い。
 たとえば教育論の部分は、『狼少年のパラドクス――ウチダ式教育再生論』『下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち』などでの主張と一部重なる。師弟論の部分は、『先生はえらい』などでの主張と一部重なる。

 したがって、内田本のヘビーな読者(私も半分以上は読んでいる)から見ると、あまり目新しい創見は見当たらない。
 しかし逆に言えば、過去の著作群の「いいとこどり」をした内田樹入門として、よくできた本である。

 心に残る必殺のフレーズが、随所に登場する。さすがにうまいこと言うなあ、という感じ。
 私が傍線を引いた箇所を、いくつか引用してみよう。

 ネットでも、人を傷つけたときの「手応え」ってわかるんです。闇夜に向かって銃弾を放っても「手応えがあった」という言い方をしますよね。それと同じです。目に見えなくても、わかる。ネット上であっても、攻撃した相手が感じているはずの痛みや屈辱感はなんとなく察知できる。それは一つの「手柄」としてカウントできる。



 道場で子供たちが礼をしている相手は先生じゃないんです。先生を通じて「巨大な自然力」「野生の力」に対して礼をしている。(中略)そういう種類の、超越的なものに対する畏敬の念が、あらゆる礼節の基本なんです。



 自己発見のためにはルーティンを守るということがけっこう大切なんです。毎日毎週同じことを繰り返していないと、自分の中に生じた変化がわかりませんから。



 次世代の担い手は、「先行世代の成功例を真似する人たち」からではなく、「先行世代の失敗から学ぶ人たち」から出てきます。これはどんな場合でもそうです。



 自分には師もいないし、弟子もいないと豪語する人がときどきいますけれど、そんなところで力むことないのに、と僕は思います。師弟関係というのは、実践的な面だけに限定していえば、「老眼鏡」とか「辞書」とかと同じで、それがあると「ものすごく作業効率が上がるもの」なわけです。どうしてそれを活用しないのか。僕はそのほうがむしろ不思議です。



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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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