岩城けい『さようなら、オレンジ』


さようなら、オレンジ (単行本)さようなら、オレンジ
(2013/08/30)
岩城けい

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 岩城けい著『さようなら、オレンジ』(筑摩書房/1365円)読了。
 昨年の太宰治賞受賞作で、芥川賞の候補にものぼったが落選した作品である。

 これは素晴らしい小説だ。160ページほどの中編なのに、ずっしりと読み応えがある。芥川賞をとってもよかったと思う。

 舞台はオーストラリアの田舎町。中心となるのは、アフリカ難民の黒人女性と、研究者の夫とともに渡豪した日本人女性の友情の物語である。
 しかし、「友情の物語」とくくっただけでは多くの要素がこぼれ落ちてしまう。重層的・多面的な小説なのだ。

 背負ってきた文化も境遇もまったく異なる2人の女性の間に、少しずつ生まれていく共感――。
 異文化との出合いの物語であり、周囲に流されるように生きてきた2人の女性が、大きな喪失体験を経て、自分の足でしっかりと立つ「自立」を遂げるまでの成長物語でもある。
 そして、異国で暮らす女性たちの姿を通して、「言語とは何か? 母語とは何か?」という大きな問いに正面から向き合った小説でもある。
 たとえば、こんな一節がある。

 二番目の言葉として習得される言葉は必ず母語をひきずります。私たちが自分の母語が一番美しい言葉だと信じきることができるのは、その表現がその国の文化や土壌から抽出されるからです。第一言語への絶対の信頼なしに、二番目の言語を養うことはできません。



 かなり凝った構成が取られており、その仕掛けを理解するまで、物語の世界に没入できない。
 たとえば、地の文と手紙文が交互に登場するのだが、その手紙を誰が書いているのかの説明があえて省かれており、読者は最初戸惑うだろう。が、読み進めるうちに仕掛けが理解できれば、「この構成しかなかった」と得心がいく。

 作者自身が在豪20年なのだそうで、そうした経歴が本作には十全に活かされている。日本に住む作家が海外を旅して書く小説のような、“観光小説”的な薄っぺらさが絶無なのだ。

 印象に残った一節を引く――。

 人は土から生まれた。だから私たちは土と同じ色。幼いサリマに母親がそんなことを言ったのをふいに彼女は思い出す。つぎつぎに思い出がよみがえる。青空の下、一本の大きな木を教室の屋根がわりにサリマは文字を教わった。砂に自分の指ではじめて書いた文字。それも大人の男の足で踏み荒らされた。住んでいた土地も家族も友人も奪われた。それからは、明日も生きて、おひさまに会えることだけを願ってきた。


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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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