卯月妙子『人間仮免中』


人間仮免中人間仮免中
(2012/05/18)
卯月 妙子

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 卯月妙子著『人間仮免中』(イースト・プレス/1365円)読了。

 最近各所で絶賛されている、話題のコミック・エッセイである。『読売新聞』の書評欄では小泉今日子が絶賛の書評を書いていた。

 形式としてはコミック・エッセイだが、気軽に楽しめるようなものではない。ヘビーすぎる内容はむしろ「究極の私マンガ」という趣。
 同じ版元から生まれたベストセラー『失踪日記』(吾妻ひでお)の類書といえるが、『失踪日記』にはあったエンタテインメント性は、本書には乏しい(著者はかなりがんばって読者を楽しませようしているのだが)。

 本書の巻末にある著者略歴を、そのまま引用。これほど強烈な著者略歴も珍しい。
 

1971年、岩手県生まれ。20歳で結婚。しかし程なく夫の会社が倒産し、借金返済のためにホステス、ストリップ嬢、AV女優として働く。排泄物や嘔吐物、ミミズを食べるなどの過激なAVに出演。カルト的人気を得る。その後夫は自殺。幼少の頃から悩まされていた統合失調症が悪化し、自傷行為、殺人欲求等の症状のため入退院を繰り返しながらも、女優として舞台などで活動を続ける。さらに自伝的漫画「実録企画モノ」「新家族計画」(いずれも太田出版)を出版し、漫画家としても活躍。2004年、新宿のストリップ劇場の舞台上で喉を切り自殺を図ったことでも話題に。

 

 本作は、このように凄絶な過去をもつ当時30代の著者と、25歳年上の男気あふれる初老男性「ボピー」(これはアダ名で、日本人)のラブストーリーである。

 といっても、「最初の自殺未遂は、中学3年生でした。/それから、何度か自殺を図り、精神病院への入退院は7回、そのうち2回は措置入院です」(「あとがき」)という著者と、過去に3度結婚に失敗しているアクの強いボビーとの恋が、フツーの恋になるはずもない。

 一般のラブストーリーにあるような甘さや夢見心地は、ここには一切ない。ラブストーリーのみずみずしい果実部分を全部捨ててしまって、芯だけを味わうような物語。甘さの代わりに痛さ・苦さがあり、ざらざらとした舌触りがある。それでも、ラブストーリーとしか言いようがない。

 著者が歩道橋から飛び降り(自殺という意識が希薄なところがコワイ。病気からくる全能感により、著者は「バンジーか! 運試し!! でも全然死ぬ気がしねえ」とつぶやきつつ飛び降りるのだ)、顔面を粉砕骨折するなどして病院に運ばれてからの顛末が描かれる後半は、読み進めるのがけっこうキツイ。
 とくに、著者の妄想・幻覚の詳細な描写は、心を病んだ経験のある人なら読まないほうがいいかも、と思えるほど。

 それでもガマンして読み進めると、終盤には名作『自虐の詩』(業田良家)を彷彿とさせる怒涛の泣き展開が待っている。
 「幸や不幸はもういい/どちらにも等しく価値がある/人生には明らかに/価値がある」……と、これは『自虐の詩』の名高いラストフレーズだが、本作のラストでも私の脳裏にはこのフレーズが浮かんだ。

 粉砕骨折で「妖怪油すまし」(と、著者自身が作中で表現)のような顔になって退院してきた著者を、その夜、ボビーは優しく抱く。そのシーンの片隅にポツリと置かれたモノローグが、泣ける。

 ボビーがセックスしてくれたおかげで、おいらは自分の顔に絶望しないで済みました。おいらこの経験だけで今後何があっても生きていけると思いました。



 どんな病気を抱えていようと、どんな顔になろうと、どんな過去があろうと、生きていることそれ自体にかけがえのない価値がある――そう思わせる、かぎりない「生の肯定」のマンガなのである。
 帯に大書された「生きてるだけで最高だ!」は、この作品の核を的確にとらえたいいコピーだと思う。『人間仮免中』というタイトルも秀逸だ。

 『漫画家残酷物語』(永島慎二)に「血を流して描いてるんだ」というセリフがあったが、本作はまさしく、作者が血を流し、身を削って描いたマンガだ。
 プロのマンガ家が描いたとはとても思えない絵で描かれている(飛び降りで片目を失明し、精神状態も悪いため、過去の作品より画力が大幅に後退しているらしい)のだが、技術的な巧拙を超越して、読者の心を鷲づかみにするパワーがみなぎっている。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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