谷川直子『おしかくさま』


おしかくさまおしかくさま
(2012/11/09)
谷川 直子

商品詳細を見る


 谷川直子著『おしかくさま』(河出書房新社/1260円)読了。

 著者は高橋源一郎の元妻。「高橋直子」時代からエッセイスト/作家としても活躍していて、その文才は高く評価されていた。
 離婚後、うつ病で苦しんだ時期もあったそうだが、昨年、本作で50歳を超えて「文藝賞」を受賞。小説家として再スタートを切った。

 タイトルとカバーイラストの印象だとおどろおどろしい民俗ホラー小説みたいだが(でも、よく見れば祠に祀られているのは銀行のATM)、そうではない。
 これは、軽妙さとシリアスさ、娯楽性と社会性が絶妙のバランスで共存する、知的な企みに満ちた純文学なのだ。

 「おしかくさま」とは、お金そのものを神格化した新興宗教。教祖も組織も姿は見えず、各信者はネット上にあるサイトを通じて結ばれている。
 信者たちは本尊のかわりに銀行のATMにお参りし(!)、「おしかくさま」に何か尋ねたいときには「無紋の札」を購入する。「無紋の札」は一万円札と同サイズの、何も書かれていない真っ白な紙。一万円を振り込むと、その札ととともに尋ねごとに対する「お告げ」が送られてくるのだ。

 40代後半の姉妹がいちおうの主人公で、2人の老いた父親が、ふとしたきっかけで「おしかくさま」の信者たちと知り合うところから話が始まる。

 一人称で書かれているのに、その視点が目まぐるしく変わる。姉・妹・父・母・妹の娘が、それぞれ語り手として登場するのだ。そのことに最初は戸惑うが、文章の中身だけで5人の区別がつくように書かれているので、すぐ慣れる。

 現代人がアヤシゲな新興宗教を立ち上げる小説というのはこれまでにもいろいろあったが、本作は「その手の話のありがちなパターン」に陥っていない。「おしかくさま」はやはり大がかりな詐欺だった……という一応の決着をつけながらも、その先にさらなるツイストを加え、読者の思索を誘うのだ。

 「現代人にとってお金とは何か?」「宗教とは何か?」という2つの大きなテーマを同時に扱いながら、中心となる一つの家族が地に足のついたタッチで描かれている。枠組みの壮大さと、その中に描かれるつつましい日常のギャップが、不思議な味わいを醸し出している。

 なお、バツイチでうつ病を病んでいる姉には作者自身が深く投影されているようで、姉の視点で書かれた部分にだけ、ときおり異質な重みが感じられる。軽快なタッチで書かれた読みやすい小説であるだけに、そこがザラリとした印象で強く心に残る。
 たとえば、次のような一節――。

 (離婚時に)高い慰謝料をもらっても傷つくということはやはりお金と愛は対極にあるというイメージもあながちお手軽な割り切り方でもないのだと思ったりしたわけで、けっきょく金を受け取ることであたしは愛に見切りをつけたのだから愛と金を等価と見なさねば前には進めなかった。そのことがいまもあたしを深く損ない続けている。



関連記事

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
30位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>