ジェフ・バーリン『ハイ・スタンダーズ』


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(2010/05/04)
Jeff Berlin

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 オウムの菊地直子に関する一連の報道を見ていて、『二十歳の原点』の高野悦子を思い出した。
 「2人は似ても似つかないではないか」と言われそうだが、私の中では二重写しになる。
 
 2人の共通項は、「どうしようもなく“恋愛体質”」なところであり、「時代の潮流に流されて、自分に合わない役割を演じた生真面目な女性の悲劇」だという点である。

 以前、当ブログの映画版『二十歳の原点』のレビューで、私は次のように書いた。

 私が思うに、高野悦子という人は典型的な文学少女であって、政治活動になどおよそ不向きな女性だった。しかし、60年代末の熱い「政治の季節」に青春をすごしたばかりに、否応なしに政治の渦に呑み込まれてしまった。そこに悲劇があった。



 菊池直子も、「宗教の季節」であった1990年代初頭の「渦」に巻き込まれてしまったが、本来はカルト宗教の活動家になどおよそ不向きな女性だろう。

 彼女たちには、恋も女であることも捨てて政治や宗教に突っ走ることができなかった。学生運動やカルト宗教の反社会活動の修羅場にあってなお、心の中心には恋愛があった(ように見える)。
 20代前半だった菊池が逃亡オウム幹部たちのアジトから逃げる際、置き忘れていった日記には、他の男性幹部への恋愛感情が綿々と綴られていたという。
 ピンク色のルーズリーフ・ノートに記されていたという、オウム幹部に似つかわしくないその「日記」は、ある意味で“もう一つの『二十歳の原点』”ともいうべきものだ。

 桐野夏生あたりが、菊地直子をモデルに小説を書いてくれないものか。


 ジェフ・バーリンの『ハイ・スタンダーズ』を聴いた。
 凄腕ペーシストが、昨年発表した現時点での最新作。先日ブラッフォードの『グラデュアリー・ゴーイング・トルネード』を聴いて、バーリンのベース・プレイに惚れ直したので、手を伸ばしてみた。

 タイトルどおり、「身も心も」「いつか王子様が」などのスタンダードを多く取り上げている普通のジャズ・アルバム。バーリンが参加した一連のアルバムのようなジャズ・ロック色はない。

 それでも、華麗なテクニックを駆使して弾きまくるバーリンのベースは聴き応え十分だ。
 また、全体に演奏のテンポが速くてスピード感があり、音数も多いので、ふだんあまりジャズを聴かないロック・ファンでも退屈せずに楽しめると思う。

 バーリン以外のメンツは、ピアノとドラムスの2人のみ。ピアノ・トリオでスタンダードを演るとなればウッド・ベースが一般的だが、バーリンは普通の四弦エレクトリック・ベースを弾き倒している。それでいて、ベースの音が周囲から浮いていない。

 しかも、ピアノ担当のリチャード・ドレクスラーはアップライト・ベースも弾ける異能の持ち主で、このアルバムでも曲によって2つを使い分けている。
 そのため、「リチャードがピアノを弾けばピアノ・トリオ、アップライトを弾けばギター・トリオ“風”という具合に、全く違った2つのキャラクターを持つ前代未聞のアンサンブルとなっている」(ライナーの一節)のだ。

 一見普通のスタンダード集でありながら、じつは普通ではない。ゆえに「ハイ・スタンダーズ」。このタイトルには、「技巧を凝らした高度なスタンダード集」というニュアンスも込められているのだろう。

 ベーシストとしてジャコ・パストリアスやスタンリー・クラークと肩を並べてもよいくらいのイノベーター/テクニシャンであるバーリンだが、2人に比べて知名度も低く、明らかに格下の扱いを受けている。
 そうした過小評価の背景について、本作のライナーノーツで坂本信という人が分析している。

 第1に、ウェザー・リポートやリターン・トゥ・フォーエヴァーなどの超一流グループで活躍してきたジャコやスタンと比べ、バーリンが共演してきたビル・ブラッフォードやアラン・ホールズワース、渡辺香津美らは、一般的知名度では劣るという不利があったこと。

 第2に、バーリンは愛息が脳腫瘍になるという悲劇に見舞われ、看病を優先して第一線の活動ができなかった時期があったこと(幸い、息子はのちに病気を克服したという)。

 第3に、もともとバーリン自身に、商業的成功よりミュージシャンとしての成長を優先する傾向があること。
 そのことを雄弁に物語るエピソードがある。バーリンは、人気絶頂時のヴァン・ヘイレンに「ベーシストとして参加しないか」と誘われながら、「いろいろなミュージシャンと共演したいから」という理由であっさりことわってしまったのだそうだ。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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