藤澤清造『根津権現裏』


根津権現裏 (新潮文庫)根津権現裏 (新潮文庫)
(2011/06/26)
藤澤 清造

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 藤澤清造著『根津権現裏』(新潮文庫/540円)読了。

 著者は、貧苦と病苦の果てに芝公園で凍死体となって発見された、大正期の私小説作家。
 というより、“西村賢太が心酔して「没後弟子」を名乗り、作品の中でくり返し言及している作家”といったほうが通りがよいか。

 私もご多分に漏れず、西村作品でこの人を知った。「忘れられた作家」の代表作が突如復刊されたのも、西村が芥川賞を受賞して注目を浴びたからこそである。
 私も西村ファンだからこそ手を伸ばしてみたわけだが……うーん、これは正月に読むべき小説ではなかった(笑)。

 西村作品を愛読している者なら、類似点はそこかしこに見つかるだろう。
 「慊い(あきたりない)」「結句」「どうで」などという古めかしい言葉遣い(清造は生前から「文体が古臭い」と評されていたそうだ)とか、「自分で自分を蹴殺してしまいたいと思うほど」なんて表現とか……。

 だが、西村作品のような面白さを本作に求めると、思いっきり肩透かしを食う。
 西村の私小説はあれでけっこうサービス精神に富んでいて、エンタメ的側面もあるのだが、本作にはそれが皆無に等しい。「西村作品から笑いの要素を削ぎ落としたような小説」――そんな印象を受けた。

 文庫解説も当然西村が書いていて、彼はその中で、本作が「陰鬱なだけの小説」と評されてきたことに強く反発している。
 西村によれば、本作の人物配置や会話の間合いなどは「落語のスタイルを強く意図」したもので、台詞の言い回しや地の文にも「粋なギャグが盛り込まれている」という。つまり、隠し味となっている笑いの要素を見逃がし、「陰鬱なだけの作品」ととらえる読者は読みが浅い、と彼は言うのだ。

 清造に対する思い入れはないから私の読みも浅いのかもしれないが、西村が言うような笑いや「粋なギャグ」は、私には感じ取れなかった。わずかに、次のような主人公の台詞に、西村作品に通じる諧謔を感じた程度。

「おい、後生だから、泣くことだけは止してくれ。第一朝っぱらから、縁喜でもないじゃないか。それとも君は、泣かなきゃ飯がうまくないなら、何処か原っぱへでも行って泣くんだなあ。そうだ。太田ケ原へでも行って、蝉と一緒に泣きっこでもするんだなあ。」



 作品全体は、陰々滅々とした私小説でしかないと感じた。たとえば、次のような一節が全体のトーンを象徴している。

 私の過去二十四年間は、貧苦と病苦とに織りなされた上を、血と涙とで塗りかためられていた。だから私には、教育らしい教育も与えられていなかった。と云っても好かった。反対に私には貧しき者が当然負わなければならない、猜疑、嫉妬のみが、多分に加えられていた。恐らくは今後も、それがいやが上にも加えられて行くことだろう。



 没後弟子の西村にはみじめな自分を客観視してクールに笑い飛ばす視点があるが、本作にはそれが感じられなかった。

 主人公の親友が脳病院(精神病院)の便所で縊死を遂げる事件が物語の中心に据えられ、自殺に至る経緯の謎解きがなされていくのだが、ミステリのような意外性があるわけでもなく、展開も間延びしていて、なんともつまらない小説。
 西村賢太がこの作家に深く心酔している理由が、本作を読んでもさっぱりわからなかった。

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コメント

はじめまして
ここまで正直に感想を述べるのは、素晴らしいと思います。著名な西村賢太が再発した作品なので、これを理解してないと、わかってない人と思われる的な恐怖があると思いますが、それに臆せずで読んでて痛快でした。俺もこれを読みました。友人の兄のなまりっぷりと、ちょっと鈍そうな感じは、今思い出すと、少し笑えます。
  • 2012-02-04│03:18 |
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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