勝又進『深海魚』


深海魚深海魚
(2011/10/30)
勝又 進

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 2007年に世を去ったマンガ家・勝又進が遺した短編を編んだ『深海魚』(青林工藝舎/945円)を読んだ。
 
 知る人ぞ知る存在の勝又の短編集がいまごろ出版されるのはなぜかというと、東日本大震災の余波である。というのも、本書に収録された短編のうち2編――表題作「深海魚」と「デビルフィッシュ(蛸)」――は、原発で働く下請け労働者たちを主人公にした作品であるからだ(いずれも1980年代後半に発表されたもの)。

 勝又は東京教育大学(現在の筑波大)の大学院で原子核物理学を専攻した経歴の持ち主であり、原発についての基礎知識を十分にもっていた。そのうえ、実際に原発の取材もしたうえでこの2編を描いたのだという。
 そんな事情から、今年の原発震災で注目が集まり、刊行の運びとなったのである。

 ただし、ほかの収録作は原発とは関係ない。残りは、勝又が得意とした民話風のものと、私小説的な短編がだいたい半分ずつとなっている。

 私は勝又が2005年に刊行した短編集『赤い雪』が大好きで、ゆえに本書も刊行を知ってすぐに買った。

■関連エントリ→ 勝又進『赤い雪』レビュー 
 
 本書に収録された民話風の数編はまさに『赤い雪』の延長線上にあるもので、どれも素晴らしい。

 では、本書の目玉である「原発労働者もの」2編はどうか?
 こちらは『赤い雪』路線とはまったく異なるものの、やはり素晴らしい。「反原発もの」にありがちな左翼臭はなく、勝又らしい詩情とペーソスに満ちた、他に類を見ない原発マンガとなっている。
 原発内での労働の様子も重いリアリティをもって描かれ、原発労働者が置かれた苛酷な環境が読者の胸に迫る。それでいて、紋切り型の告発調には陥っておらず、作品として完成度が高い。

 石巻出身でもあったという勝又進が、東日本大震災を見ずに亡くなったことが残念でならない。いま健在であれば、彼ならではの原発マンガをまた描いたに違いないから……。

 終盤に収録された私小説風の3編――「冬の虫」「冬の海」「春の霊」――は、よけいな説明を一切省いて勝又の心象風景を描いたもので、『赤い雪』のようなエンタテインメント性は皆無。ありていに言って、かなり難解である。私は、巻末の解説を読んでようやく意味がわかった。
 「父親を知らない子供として生まれ、6歳のときに母を亡くした勝又が自身の生い立ちと正面から向き合って描き上げた」作品群なのだという。

 難解ではあるものの、全編に流れるすさまじい寂寥感は、それ自体が読者の胸を打つ。
 たとえば、「冬の海」で私生児を産んで里に帰る主人公の女性には、勝又の亡き母のイメージが投影されている。ラストはセリフなしで冬の海の描写のみがつづき、寒々とした寂寥感が読む者の心を突き刺す。絵もすごい。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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