メアリー・カルドー『「人間の安全保障」論』


「人間の安全保障」論 (サピエンティア)「人間の安全保障」論 (サピエンティア)
(2011/03/24)
メアリー・カルドー

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 メアリー・カルドー著、山本武彦ほか訳『「人間の安全保障」論――グローバル化と介入に関する考察』(法政大学出版局/3780円)読了。
 書評用読書。正味300ページほどでとくに大著というわけではないのだが、論文集だし内容も専門的なので、読むのに一日かかってしまった。

 著者はロンドン大学附属「グローバル・ガバナンス研究センター」の所長・教授。この人の本は3年ほど前に『グローバル市民社会論』というのを読んだことがある。本書も『グローバル市民社会論』の続編というか、陸つづきの内容である。

■関連エントリ→ 『グローバル市民社会論』レビュー

 書評を書いたので、ここではあまり内容に触れられない。かわりに、私が傍線を引いた箇所をいくつか引用しておく。

 戦争の性格に重大な変化が生じている。一八世紀から二○世紀初頭にかけて頻発してきた国家間戦争は、ますます生じなくなってきている。グローバリゼーションが意味しているのは、国民国家の衰退ではなくその機能に変化が生じたということである。(中略)私たちが経験しているのは戦争ではない。ローカルでもありトランスナショナルでもある新しい類の政治的暴力、すなわち、テロリズムや「新しい戦争」、アメリカによるハイテク戦争である。



 アメリカの政治文化と政治制度は第二次世界大戦と冷戦の経験をもとにつくられたものであり、当時のイデオロギーがアメリカの世界認識とその対外政策に大きな影響を与えつづけている。それゆえ、このイデオロギーは、私たちが住まう世界に、つまり、当時の世界とは変貌してしまった現在の世界にうまく適合できていない。



 旧ユーゴスラヴィアでの組織的なレイプは広範囲にわたっておこなわれた。それは、戦争がもたらした副次的効果ではなかった。むしろ、戦争で使用する兵器として意図的に実行されたものだった。レイプされた自分は恥ずべき女である。女性に、とりわけムスリムの女性にそう思わせることで、故郷に帰りたくないとの思いを彼女たちに抱かせること、これが組織的なレイプの狙いであった。



 象徴的な標的に対する暴力は、「他者」の文化のいかなる痕跡も除去することを目指してもいた。ボスニア戦争のさなかのパニャ・ルーカでは、オスマン帝国支配下の一六世紀に建てられた比類のない二つのモスクが徹底的に破壊された。金曜日に爆破された後、月曜日にブルドーザーが入り、芝生で覆われてしまったため、かつてその場所にモスクがあったことなど、あなたにはわからないはずである。



 なお、本書のテーマになっている「人間の安全保障」については、過去に書いた以下のレビューが参考になるだろう。

■アマルティア・セン『人間の安全保障』レビュー
■『安全保障の今日的課題』レビュー

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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