西村賢太『苦役列車』


苦役列車苦役列車
(2011/01/26)
西村 賢太

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 昨日は、都内で打ち合わせが2件。
 今週は取材なしの「執筆ウィーク」。すでに〆切を過ぎている原稿が3本(すみません)と、今週〆切の原稿が2本。それに、まだやっていない確定申告も済まさないと……。



 行き帰りの電車で、西村賢太著『苦役列車』(新潮社/1260円)を読了。言わずと知れた、前回の芥川賞受賞作。やっと読めた。

 西村作品には少・青年期の思い出を扱ったもの(『二度はゆけぬ町の地図』所収の4編など)と、現在に近い時期を扱ったものの2系列がある。表題作は前者で、併録作「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は後者である。

 そして、この「苦役列車」は、前者系列の作品の集大成的内容になっている。
 まず、中編小説といってよい長さはこれまでの西村作品でおそらく最長だ。それに、これまで断片的にしか触れてこなかった最もつらい思い出――父親が強盗強姦事件を起こして逮捕された時期のこと――が、くわしく書かれている。つまり、西村はついに私小説作家としての切り札を切ったのである。切り札で勝負に出た作品で念願の芥川賞を得たのだから、本望だろう。
 それにしても、最もつらい思い出が最も強い武器になるのだから、私小説作家というのはつくづく因果な商売である。

 西村が長年収入源としていた港湾労働を、始めたころが舞台。前半はその労働の中身を淡々と描いた場面が中心であるため、わりと退屈。
 だが、仕事仲間の中で唯一の友人となった男(名前は変えてあるものの、「小銭を数える」に登場した郵便局員と同一人物)の恋人が登場するあたりから、俄然面白くなる。西村作品の最大の魅力である(と私が思う)ルサンチマンの炸裂が見られるからだ。

「畜生。山だしの専門学校生の分際で、いっぱし若者気取りの青春を謳歌しやがって。当然の日常茶飯事ででもあるみてえに、さかりのついた雌学生にさんざんロハでブチ込みやがって」



 と、19歳の西村(作中では「北町貫多」)は心中で友人を呪詛する。デビュー作「けがれなき酒のへど」にも、主人公が牛丼屋でいちゃつくカップルに「(おれは死ぬほどおまえらが羨ましい。羨ましすぎて気が狂いそうだ)」と思う場面があった。こういうルサンチマンあふれる一節にこそ西村の真骨頂があるのだ。

 普通の青春小説にあるようなさわやかさは薬にしたくもない、世にもみじめったらしく下品でどす黒い青春小説。だが、その下品さ、みじめったらしさ、どす黒さの迫力は他に類を見ないものであり、そこにこそ西村作品の魅力がある。これほど下品な小説に芥川賞が与えられるとは、思えば痛快な話だ。

 併録作「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は、川端賞の候補になり、落選するまでの顛末が、ぎっくり腰で苦しむ様子とあわせて綴られた短編。他愛のない話なのに最後まで退屈させない筆力はさすがだ。
 初出を見れば『新潮』に載った作品なのに、作中には『新潮』の担当編集者を悪しざまに書いたくだりがある。よくボツにならなかったものだ。

 本作に綴られた、担当編集者に対するふるまいの身勝手さは相当なもので、私が編集者だったら西村とは仕事をしたくない。いまさらながら、西村は作品は面白いが人間性は最低だ。彼は作品の中で、かつて同棲していた女性のことを「私を裏切り、別の男のもとに去っていった」としばしば罵っているのだが(本作でも)、あれだけDVしたり実家から借金させたりしたら、去られるのも当然だろう(小説そのままの行動だったなら、だが)。
 とはいえ、才能は認めるし、作家としての覚悟のほどもリスペクトに値するのだが……。

 ところで、本書の装丁はひどいと思う。ただの真っ黒。前の『瘡瘢旅行』の装丁は、一見真っ黒だがブルーブラックの地の上に黒インクで装画が描かれているという凝ったものだったが……。

■関連エントリ→ 『二度はゆけぬ町の地図』レビュー

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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