中山可穂『白い薔薇の淵まで』


白い薔薇の淵まで (集英社文庫)白い薔薇の淵まで (集英社文庫)
(2003/10/17)
中山 可穂

商品詳細を見る


 中山可穂著『白い薔薇の淵まで』(集英社文庫/460円)読了。
 2001年の山本周五郎賞受賞作。大人の女性同士の恋を描いた小説である。

 この作家の作品を読むのは初めてだが、素晴らしい文章を書く人だと思った。詩的で端正で、心地よいリズムと旋律がある。読んでいると、その旋律に身を任せているような音楽的快感が味わえる。
 女性同士の性愛の描写もふんだんにあるのだが、それが少しも下品ではない。官能的だが品格があるのだ。

 著者自身も、レズビアンであることをカミングアウトしている人なのだそうだ。だからこそであろう、ヒロインと夭折した作家・山野辺塁の恋のディテールに、ただならぬリアリティがある。

 すでに40歳を超えた現在のヒロインが、ニューヨークの紀伊國屋書店で山野辺塁の英訳著作に出合う場面から、物語は始まる。

「この作家はまだ若いの?」
「二十八歳で亡くなったの。十年前に」
 テン・イヤーズ・アゴゥ、と言ったとき、目の前でするすると時の呪縛が解けて、わたしは雨の匂いのする東京の本屋にいた。



 そこから回想されていく2人の恋――。最後まで読み終えたあとでもう一度冒頭の場面に戻ると、一つひとつの言葉が最初に読んだときとは段違いの深さで心に刺さってくる。極上の恋愛小説だと思った。

 印象に残った一節を、書きとめておく。

 性別とはどのみち帽子のリボンのようなものだ。意味などない。リボンの色にこだわって帽子そのものの魅力に気がつかないふりをするのは馬鹿げている。自分の頭にぴったり合う帽子を見つけるのは、実はとても難しいことなのだ。東京じゅうの帽子屋を探して歩いてみるといい。百個に一個あるかどうかだ。だから、これだと思う帽子が見つかったときは、迷わず買ってしまったほうがいい。リボンが気に入らなかったら取ればいいのだ。肝心なのは宇宙の果てで迷子になったとき、誰と交信したいかということだ。



 塁というひとはたぶん、純愛から入ると、抱けなくなってしまうのかもしれない。崇拝しすぎて偶像になり、生身の女ではなくなる。わたしはそのように扱われたかったとは思わない。崇拝されるより、欲情されるほうがはるかに幸せだと思う。塁のおかげでわたしは性の深淵に触れることができたのだ。どんなに傷つけられ、踏みにじられ、ぼろぼろにされても、このような関係は二度と誰とも結べないだろう。一生に一度しかゆるされぬ種類の快楽をくれた塁に感謝して、幕を閉じるべきなのだろう。



関連記事

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
43位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
30位
アクセスランキングを見る>>