車谷長吉『妖談』


妖談妖談
(2010/09)
車谷 長吉

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 車谷長吉著『妖談』(文藝春秋/1575円)読了。

 34編を収めた掌編小説集である。タイトルと「百鬼夜行絵巻」を用いたカヴァーから怪談集のような印象を与えるが、妖怪変化のたぐいはいっさい出てこない。中身はいつもの車谷節である。

 車谷は数年前に私小説作家廃業を宣言したはずだが、本書に収められた掌編の過半は実質的に私小説だと思われる。主人公としてしばしば登場する小説家もその夫人も、名前はそのつど変わっているものの、車谷夫妻(周知のとおり、「嫁はん」は詩人の高橋順子)としか思えない。
 また、車谷作品の愛読者にはおなじみの、播州飾磨(現・姫路市)ですごした少年期の思い出や、尼崎などで料理屋の下働きをしていた時期の出来事を描いた作品も多い。

 そのような、いわば“擬似私小説”と、市井の人々の心中のドロドロをえぐりだした明らかなフィクションが、おおむね半々の割合で登場する。
 両者を比べてみれば、やはり“擬似私小説”のほうに佳編が多い。「何も無理して私小説作家廃業を宣言せずとも、ずっと私小説を書きつづければよいのに……」と思う。

 34編は玉石混淆で、中には箸にも棒にもかからない駄作もある。
 いちばん最後に収録された「悪夢」なんて、まあひどいものである(読めば誰もがそう思うはず)。初出を見れば『文學界』で、こんな小説以前の作品がよくボツにならなかったものだ。

 いっぽうで、自分が飼っていた鯰の思い出を淡々と綴っただけなのに不思議な感銘を与える、「信子はん」(信子は鯰の名)のような佳作もある。かつて車谷に川端康成賞をもたらした短編「武蔵丸」は、カブトムシを飼った思い出を綴っただけなのに読ませる作品だったが、これはその続編といってもよい。

 また、故郷・播州飾磨の因業ババアを描いた「業が沸く」と「警察官を騙した女」も、たいへんよかった。田舎の婆さんの「困ったちゃん」ぶりを描いただけなのに、「人間が描かれている」というたしかな手応えを感じさせるのである。「因業ババア」シリーズとでも銘打ってシリーズ化してほしい。

 ただ、一冊の本として見た場合、かつての車谷作品と比べれば総じて薄味なのは否めない。
 そもそも、車谷の作風からいって、「緊密なプロットに基づく、計算しつくされた完璧な掌編」など望むべくもない。本書に収められた掌編の大半には、「短編のなりそこね」、もしくは「長編の一場面として書かれながら、けっきょくは使われなかったシーン」といった未完成な印象があるのだ。

 かつての大傑作『赤目四十八瀧心中未遂』(これはじつは私小説ではなく、九割方はフィクションだそうだ)のような骨太の長編に、もう一度挑戦してはくれないものか。

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コメント

Re: あけましておめでとうございます。
コウさま

あけましておめでとうございます。

いつもご覧いただき、ありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
  • 2011-01-02│10:09 |
  • 前原  URL│
  • [edit]
あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます。
今年も記事を楽しみにしております。

寒さも厳しい折です。
ご家族のみなさん共々、風邪など召しませんようご自愛ください。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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