![]() | 電子書籍の時代は本当に来るのか (ちくま新書) (2010/10/07) 歌田 明弘 商品詳細を見る |
歌田明弘著『電子書籍の時代は本当に来るのか』(ちくま新書/861円)読了。
今年出た一連の電子書籍本のうち、私が読んだ中ではいちばんよくまとまっている本。iPadの発売に合わせて突貫工事で書いた佐々木俊尚の『電子書籍の衝撃』などに比べると、じっくり書いた分だけ冷静で客観的である。
書名を見ると「電子書籍の時代など日本には来ない」と主張する本のように思えるだろうが、そうではない。この書名は、類書との差別化を狙ったアイキャッチのようなもの。実際には、電子書籍の歴史・現状・未来の手際よい見取り図が書かれた内容である。
ただ、類書の多くが「電子書籍の時代がもうすぐやってくる」と煽り気味だったのに比べ、著者はやや懐疑的ではある。
これまでの試行錯誤を冷静に見返してみれば、少なくとも日本で「電子書籍の時代が来る」のはそれほど容易ではない。
紙のメディアというのは、きわめて強固にできあがっている。
読者にとってそうであるばかりではなく、ビジネス・モデルとしても強固にできあがっている。
いまの状況を変革したいという一種の革命待望論も加わって、「紙時代の旧体制」が壊れるという悲鳴・声援相半ばの声が上がるのは理解できるが、渦中のプレーヤーたちが、空虚な熱狂だけで動くはずがないこともまた確かである。
さらに、なぜアメリカのようにはならないのかということの背景には、かなり根深い問題もあるように思われる。アメリカとは出版の事情が違うし、さらに根本的には社会や国民性が違う。(まえがき)
このように、著者は「電子書籍の時代」はいずれ日本にもやってくるだろうが、すぐにではないし、そこまでの道のりも容易ではない、と主張しているのだ。そして、そう思う理由を順を追って説明していく。
現在までの電子書籍の歴史をたどり、アマゾン対アップルの対決構図を追った1章(全3章)は、類書をいろいろ読んだ私には退屈(ただし、最初に読む「電子書籍本」としてならば、手際よくまとまっているこの章も価値がある)。
第2章「グーグルは電子書籍を変えるか?」は、一連のグーグルの動向(ブック検索訴訟をめぐる動きなど)をただ紹介するのみならず、その背後にある意図までも鋭く考察して、読みごたえがある。
第3章「『ネットは無料』の潮目が変わろうとしている?」も面白かった。
「『ネットの情報は無料』が通念になってしまったから、いまさら新聞記事の有料配信など無理」というのが一般的な見方だろう。だが、著者は米国の新聞社の動向などを例に、その見方に異を唱える。時代に逆行するようなネット情報への課金は当然大きな困難を伴うが、それでも、そこにしか生き残る道はないのではないか、と……。
そして、日本における課金プラットフォーム模索の面白い試みとして、著者は『朝日新聞』が始めた「ウェブ新書」に注目する。
また、「ネットは無料」の潮目が変わろうとしている根拠の一つとして、著者はグーグルが2009年9月に出した公式文書(米新聞協会による「ネット課金をどう使えばよいか」という質問への回答書)の一節を引く。
グーグルは、オープンなウェブがすべての利用者と情報発信者の利益になると信じている。しかしながら、「オープン」というのはかならずしも無料ということではない。有料のものも含め、ネットのコンテンツは多様なビジネス・モデルに支えられて成長できるものだとわれわれは信じている。
そして、次のように書く。
「情報が無料になるのは重力の法則のようなものだ」とアンダーソンは著書『フリー』のなかで述べているが、無料経済最大の勝者グーグルが、「『オープン』というのはかならずしも無料ということではない」と言い出すとは意外だった。グーグルのこの「変節」にはネットの潮流の変化が感じられる。
去年から今年にかけて山ほど刊行された「電子書籍本」だが、現時点で私が一冊だけオススメを挙げるとすれば、本書だ。
ついでに言うなら、日本のブログの中では、いつも読んでいる「編集者の日々の泡」の電子書籍関連のエントリ(→こちら)が、最も面白い。電子書籍最前線の現場の事情がよくわかる。
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