西村賢太『人もいない春』


人もいない春人もいない春
(2010/06/30)
西村 賢太

商品詳細を見る


 西村賢太著『人もいない春』(角川書店/1680円)読了。

 車谷長吉が私小説から「足を洗った」いま、日本の私小説を背負って立つ存在といっても過言ではない西村賢太。その第6作品集である。版画を用いた物寂しい表紙が、西村の作風にマッチしていていい感じだ。

 私小説だから目を瞠る新展開があるはずもなく、内容は相変わらず。私は彼の本を読むたび、レビューで「もう飽きた」とか書いているのだが、それでも新著が出るたび手を伸ばしてしまう。不思議な吸引力をもつ作家である。

 本書では、作中の主人公の名は西村賢太ならぬ「北町貫多」となっている。これは、本書同様『野生時代』掲載作を集めた『二度はゆけぬ町の地図』でも使われていた名前。
 主人公の名が変わったからといって、ほかの西村作品ととくに色合いが異なるわけではない。掲載誌を区別する符丁程度の意味合いであろうか。

■関連エントリ→ 『二度はゆけぬ町の地図』レビュー

 『二度はゆけぬ町の地図』は、西村がまだ10代のころの青春時代を描いた作品が中心で、そのすさみっぷりがなんともよかった。本書の冒頭を飾る表題作も10代の日々を描いたもので、これがとてもよい。
 なので、「これは『二度はゆけぬ町の地図』の続編のような作品集かな」と大いに期待したのだが、10代のころの話は1編のみで、あとは中年になってからの話。

 おなじみの「女」(本書では「秋恵」という名になっている)との同棲生活を綴ったものが3編、神保町の古書肆を舞台に手ひどい失恋体験を綴ったものが1編(「二十三夜」という作品。これもかなりよい)。そしてもう一つ、レストランに巣くったクマネズミたちを主人公にした、異色の寓話風掌編が入っている。

 寓話風の掌編は、西村賢太らしさが感じられず、印象希薄。
 女との同棲生活を描いた3編も、これまでの同種の作品と比べて、わりと薄味。
 とくに「昼寝る」は、女が風邪を引いて寝込み、主人公がかいがいしく看病するという描写が延々とつづき、「こんな優しい男、西村賢太じゃない!」と思ってしまった(笑)。まあ、その後、看病することに飽きた主人公が「てめえは一体、いつまで病んでりゃ満足するんだ!」と床に伏せった女を怒鳴りつけ、毎度おなじみの展開となるのだが……。
 西村賢太の小説はいわば「ルサンチマンの文学」であるわけだが、この3編は燃料たるルサンチマンが不足している印象を受ける。

 そこへいくと、10代のころの悶々とした孤独な日々を描いた「人もいない春」は、煮えたぎるようなルサンチマンがみなぎっており、「西村賢太はこうでなくちゃ」と思わせる。たとえば、こんな一節――。

 もう自分と同じ年齢の者は、来春には高校も卒業するはずで、その大半は間違いなく大学にも進学するのであろう。彼はそれを考えると、また改めて自分が取り残される一方であることを痛感させられる。二年半前、彼が高校へゆかぬ事態になったのを聞いた同級生は、陰で、これであいつは一生土方だと嗤っていたらしく、それを知った貫多は烈火のごとく怒り狂い、その同級生の家にゆき、呼びだした上で叩きのめしてやったものだが、しかしどうもその不快な予言は、案外貫多の将来を見事に言い当てたような気配にもなってきている。



関連記事

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
39位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
27位
アクセスランキングを見る>>