ささやななえ『凍りついた瞳』


凍りついた瞳 (YOU漫画文庫)凍りついた瞳 (YOU漫画文庫)
(1996/12/18)
ささや ななえ

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 ささやななえの『凍りついた瞳(め)』(集英社/YOU漫画文庫)を読んだ。
 椎名篤子のノンフィクション『親になるほど難しいことはない』を原作にしたドキュメンタリー・コミック。1994~95年の作品で、児童虐待を題材にしたマンガの先駆である。私は初読。

 作中、現場の若手医師が「ネグレクトって…?」と言う場面が出てくる。いまや知らない人はごく少ないであろう「ネグレクト」という言葉が、医師の間ですら一般的でなかった時期の作品なのだ。
 だからこそ、児童虐待の実態について随所でていねいな説明がなされており、コミックの形をとった児童虐待問題入門としても読める。

 タイトルの『凍りついた瞳』とは、被虐待児特有の、子どもらしい表情を失った冷たい目を指す医学用語「凍りついた凝視」(Frozen watchfulness)のこと。

 一話完結(一部は前・後編に分かれている)で、保健婦・児童相談所所長・医師・ケースワーカーなど、児童虐待問題にかかわる者たちの目から見た一つの事件が描かれる。
 ベテラン・マンガ家であるささやななえ(現在は「ささやななえこ」に改名)は、過度に刺激的な描写を避け、巧みな構成と落ちついた絵柄で、ていねいにマンガ化している。

 特徴的なのは、虐待する親を「人の心を持たない鬼」として描くのではなく、一人の弱い人間として描き、虐待に至った心の軌跡にまで分け入っている点(むろん、どんな背景があろうと虐待が許されるはずもないが)。
 たとえば、私が最も強烈な印象を受けた第2話「あの子はいらない」では、虐待が「すれちがってしまった親子愛」の悲劇として描かれる。

 佐藤量子のケースは、鬼のような母親とかわいそうで弱い子ども――という虐待につきまとうありがちな設定を、根底から突き崩すものだった。こんな子どもはいらないと言いながらも施設に足を運んでなつかない娘に会い続けた母親と、母親を慕いながらも怒りを買う行動しかとれなかった子どもが迎えた破局。河西はこの母親と量子のすれちがってしまった親子愛のことを思いだす度にやるせなくなる。
(中略)
 虐待をうけた子どもたちは、成人しても、老人になっても、家族を思うたびに心から血が吹きだすだろう。(句読点は引用者補足)



 全10話のうち、前半5話では解決の糸口すら見つからなかった虐待ケースが描かれる。逆に後半5話では、関係各所の尽力で親たちが変わり、壊れた親子関係の再構築が始まったケースが描かれる。
 したがって、後半のほうが希望を感じさせて、読後感はよい。が、読者に問いを突きつけるような前半5話にも、強いインパクトがある。いずれにせよ、全編、児童虐待問題についての理解を深める内容だ。

 児童虐待防止法制定(2000年)以前の作品だから、本作で描かれる関係機関の対応などは、現状とは異なる面もあるだろう。それでも、虐待が深刻化の一途をたどるいまこそ、広く読まれるべき秀作である。

 なお、児童虐待防止法制定には、本作も少なからず影響を与えたという(→参考)。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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