古谷三敏『ボクの手塚治虫せんせい』


ボクの手塚治虫せんせいボクの手塚治虫せんせい
(2010/06/30)
古谷 三敏

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 古谷三敏の『ボクの手塚治虫せんせい』(双葉社/1050円)を読んだ。

 著者は、『ダメおやじ』『BARレモンハート』『寄席芸人伝』などの作品で知られるベテラン・マンガ家。デビュー前の1959年から4年半、手塚治虫のアシスタントを努めたという。本作は、当時の出来事から印象的なエピソードを選んでマンガ化したものだ。

 古谷といえば「赤塚不二夫の弟子」という印象が強く、手塚のアシスタントも努めたことがあるというのは本作を読むまで知らなかった。
 じっさい、彼は手塚のアシを努めたあとに赤塚のアシとなり、こちらは12年間にわたってアシ兼アイデア・スタッフを努めている。

 手塚と赤塚という二大巨匠のアシを両方努めた人って、ほかにいないのではないか(トキワ荘系の人が臨時で手伝ったことはあったとしても、長期では)。その意味ではマンガ史の貴重な生き証人といえる。

 100ページ程度の薄い本なので、すぐに読み終わる。各回の合間には、マンガに描ききれなかった話が見開き2ページの語り下ろしエッセイとして挿入されている。
 そのエッセイの一つで、著者は本作を描いた動機について次のように述べている。

 手塚治虫先生を知らない人たちがいろいろいっているので、「ボクしか知らない手塚治虫」を描こうと思ったんです。そうはいってもせいぜい、「使用人の目撃した歴史」みたいなもんだけどね。



 その言葉どおり、若き日の手塚治虫(結婚前後の話まで出てくる)を間近で見つめていた著者の描くエピソードの数々は、本の薄さとは裏腹に非常に濃い。人間・手塚治虫の核に触れるような話が、たくさん出てくるのだ。

 印象に残ったエピソードを挙げる。

その1.
 貸本劇画全盛期、古谷が貸本屋から「時代劇の劇画」を借りてくる。それは「絵もすごくうまいし」、「ストーリーは残酷ではあるがボクは大ファンででるとかならず借りてい」た作家の本だったという。
 だが、手塚は古谷の机にあったその本を手に取り、しばらく読んでから「こんなのが漫画か!!」と叫び、「床にたたきつけた」という。

 その本の作者名は伏せられているが、たぶん平田弘史だろう。劇画勃興当時の手塚の強烈な対抗意識が読み取れて、興味深い。
 本書によれば、手塚は劇画について「主人公が殺し屋だったりギャングだったり犯罪者が多い」から好きになれない、と言っていたという。手塚らしい(もっとも、のちに手塚は自作に劇画的表現も取り込んでいくのだが)。

その2.
 古谷が作品背景の後楽園球場の看板広告に「キリンビール」「トリス」という文字を描いたところ、「こどもの読む本にトリスだのビールのカンバンを描くやつがあるか。紙はってキャラメルとかジュースに描きなおし!!」と、手塚にきつく叱られたという。

その3.
 その月の連載仕事がひと区切りついて休みが取れると、手塚はきまってアシスタントに千円ずつの小遣い(いまなら1万円くらいの感覚か)を渡し、「かならず映画を観るんだぞ」と言ったという。「漫画家にとって映画は一番の勉強になる」というのが、手塚の信念だったのである。
 そして、各アシスタントは休み明けに、観た映画について感想文を提出する決まりになっていたとか。

 先生は、感想文の内容をひとつの目安にしてた。たぶんね、アシスタントたちの物語の理解度とか……将来、漫画家としてやっていけるかどうかの力量を推し量っていたんだね。



その4.
 手塚は好きなクラシック音楽をかけながらマンガを描くことがよくあったが、重要なキャラクターが死ぬ場面にさしかかると、きまってベートーベンの「悲愴」をかけたという。

 ……と、このように、いかにも手塚らしい秘蔵エピソードがちりばめられた作品なのである。 

 なお、本作は双葉社のマンガ誌『アクションZERO』に連載されたものだが、連載中に赤塚不二夫が死去したため、一回分を割いて「もうひとりの先生」赤塚不二夫の思い出が描かれている。
 その回には、「ギャグの王様といわれた赤塚先生のところに12年もいたんですから面白い話は山ほどあるんですが」とある。
 ぜひ、稿を改めて『ボクの赤塚不二夫せんせい』を描き、それも一冊にまとめてほしい。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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