水木しげる『水木しげるの遠野物語』


水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)
(2010/01/29)
水木 しげる

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 柳田國男の説話集『遠野物語』を水木しげるがマンガ化した、『水木しげるの遠野物語』(小学館/1300円)を読んだ。『ビッグコミック』に、一昨年から昨年にかけて連載されたもの。今年2010年は『遠野物語』発刊100周年の佳節にあたり、本書もそれを記念しての刊行だという。

 水木しげるはむろん妖怪マンガの第一人者であり、『遠野物語』には天狗や河童、座敷童子や山姥(やまんば)などの妖怪が多数登場する。作風から見ても絵柄から見ても、水木と『遠野物語』のマッチングは最高であり、これまでこの企画が実現しなかったのがむしろ不思議なくらいだ。
 というより、そもそも『遠野物語』のマンガ化がこれまでなかったこと自体が不思議だ。

 かつて『コミックトム』で、著名マンガ家たちが宮沢賢治の童話をマンガ化する競作シリーズがあった(『宮沢賢治・漫画館』として全5巻の単行本になっている)。これがじつに素晴らしいシリーズで、水木はこのシリーズにも作品を寄せているが、本作はその流れを汲むものといえそうだ。

 柳田國男の『遠野物語』は私も好きで、少年時代から何度となく読み返しているが、本書は原作ファンにも十分愉しめるものに仕上がっている。

 アマゾンのカスタマー・レビューを見てみたら、「これはあくまで『水木プロ作品』であって、水木しげるの作品とはとても言えない」(趣意)と酷評しているレビューがあった。
 水木が本作でどの程度ペンを入れているのかは、私にはわからない。まあたしかに、若い女性キャラ(といっても大半は妖怪)の絵柄を見ると、妙にアニメチックな美人顔に描かれていて、水木しげるらしくない。このへんはアシスタントが描いたのかも。
 とはいえ、全体的には、水木しげる作品としての魅力を十分具えていると私は思う。

 とくに、『遠野物語』を読んでも脳内でヴィジュアルとして像を結びにくい場面の数々が、魅力的な絵で明確にヴィジュアル化されている点が素晴らしい。たとえば――。

 三島由紀夫は「小説とは何か」の中で『遠野物語』のワンシーンを取り上げ、“ここにこそ小説を小説たらしめる秘密がある”と絶賛している。
 それは「裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくると回りたり」との一行で、老婆の幽霊が現れた際、その着物の裾が触れた「炭取」が回ったというシーンである。

 ここがこの短い怪異譚の焦点であり、日常性と怪異との疑いようのない接点である。この一行のおかげで、わずか一ページの物語が、百枚二百枚の似非小説よりも、はるかに見事な小説になっており、人の心に永久に忘れがたい印象を残すのである(「小説とは何か」)



 三島のこの絶賛が印象に残っていた私だが、「炭取」なるものがどんなものかわからないので、ヴィジュアルが浮かんでこなかった。それが、本書に描かれたのを見て、「ああ、こういう場面だったのか」ともやもやがスッキリする感覚を味わったのである。

 ほかにも、「ゴンゲサマ」がバクバクと火を喰う場面など、本書で初めて「こういう場面だったのか」と腑に落ちた点がたくさんある。

 ただ、一点だけ難を言えば、『遠野物語』の大きな魅力であるところの哀切さ・物悲しさは、本書には皆無に等しい。水木しげるらしく、ユーモア色の濃い飄々とした『遠野物語』になっているのだ。
 姫神せんせいしょんが名盤『遠野』で展開したような切なさあふれる世界を期待すると、肩透かしを食う。なにせ「ギョギョッ!」「フハーッ!」の世界だから。
 
 とはいえ、怪異とユーモアが織りなす水木しげる流の『遠野物語』として、再読・三読に堪える味わい深い一冊となっており、原作が好きな人なら一読の価値はあろう。

 ところで、いまのマンガ界で『遠野物語』の世界にいちばん近い作風をもつ描き手といえば、なんといっても五十嵐大介である。
 五十嵐にもぜひ『遠野物語』をマンガ化してほしい。実現すれば、それは本書とは異なる魅力をもつ作品となるに違いない。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。50歳。
1年のみの編プロ勤務を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴28年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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